安息日学校聖書研究ガイドのポイント

毎週の聖書研究ガイドの学びの助けとして、ポイントをご利用ください。
今まで、教団公式ページで公開していた安息日学校聖書研究ガイドのポイントは、今後こちらのページで更新していきます。

旧ファイル(2011年第2期〜2016年第1期)のファイルのダウンロードはこちら

第9課 池増 信男

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第9課          罪に定められることはない   

 
今週のガイドの学びはローマ8章の前半になります。この箇所は7章24節の「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」との問いに対する答えになっています。その答えは、「キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められること」がないばかりか、「命をもたらす霊の法則」によって、「罪と死との法則から解放」されているというものです。

第8課 安河内アキラ

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

8課    ローマ7章の「わたし」とはだれか    11月25日

暗唱聖句  「しかし今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。その結果、文字に従う古い生き方ではなく、“霊”に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです。」 ローマ7:6

第8課 ホープSS:安息日学校部

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

御言葉によるテーマソング:And We Know That All Things(ローマ8:28, 31-32)

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第8課 青年用:城美 崇光

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第8課 ローマ7章の「わたし」とはだれか

今週のポイント
①ローマ7章をどう捉えるか。

第8課 聴覚しょうがい者用:武田 将弥

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第8課      ローマ7章の「わたし」とはだれか    武田将弥  

1・『今週のテーマ』
ローマの信徒への手紙7章には、おそらく多くのクリスチャンが体験するであろう、内なる戦いの葛藤が描かれています。そこには「わたしは…」と何度も説明が入っていますが、この話は昔から聖書学者たちの間で多くの議論がされてきた部分でした。

第8課 ベン・ニコルス

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第8課      ローマ7章の「わたし」とはだれか       

 
 今週のガイドでは、パウロがどのように古い契約の経験(2コリント3:14参照)と新しい契約の経験との二つの関係を理解していたか、そして肉(罪)の法則と心(義)の法則とがどのようにクリスチャンの五体の中で戦うかについて学びます。注意深く読むと、私たちセブンスデー・アドベンチストとしての体験を見ることができると思います。この巧みに書かれた章の中で、パウロは同時に律法主義と無律法主義の両方を否定しています。現代においても、正しい聖書的なバランスを取るのに有益な章であることは間違いありません。

第7課 安河内アキラ

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

       7課      罪に勝つ    11月18日

暗唱聖句 「なぜなら、罪は、もはや、あなたがたを支配することはないからです。

第7課 ホープSS:安息日学校部

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

御言葉によるテーマソング:And We Know That All Things(ローマ8:28, 31-32)

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第7課 青年用:平本 光

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第7課 罪に勝つ

今週のポイント
①今週はイエスによって救われた人々は、その生活の中の選択によって罪に勝利できるという約束について学んでいきます。

第7課 聴覚しょうがい者用:浦島 智加男

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第7課         罪に勝つ      浦島 智加男

初めに
 誰でも、罪を犯したり、悪い行動や、悪しき思いをしたくはありません。できれば、いつも穏やかで、心も平安で、神さまと人を愛したいという願いはあります。パウロがロマ書の8章で述べているように、善をしたいという意志はあるが、それと裏腹に、表に出てくる言葉や行動は、願いとは反対のことばかりでます。「死に定められたこの体から誰がわたしを救ってくれるのでしょうか」と誰もがうめいています。