メディアについてペットのオウムが教えてくれたこと

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2015年3月9日 投稿
ナンシー・ウィルソン(アドベンチスト世界総会総理テッド・ウィルソン牧師夫人)

''コメンタリー:
私たちはみな周りの影響を受けています。
そしてどのように時間を過ごすかでどんな人になるかが決まります。''

ヨウム(アフリカ西海岸の森林地帯に分布する大型インコ)の“ピーナッツ”は、今までで一番面白く、私たちを楽しませてくれるペットでした。彼は私たちを楽しませてくれただけでなく、何年にもわたり家族の一員として過ごした結果、非常に貴重な教訓を与えてくれました。

私たちが西アフリカの象牙海岸で宣教師として奉仕していた1989年に、彼は私たち家族に加わりました。ヨウムはその知能と話す能力で知られています。そこで私は彼が一日二日で覚えることができるように、すぐにフレーズを教え始めました。
「私の名前はピーナッツです。あなたのお名前は?」
「私は話しができます。あなたは飛べますか?」

彼は私たちが教えようとしたことを素早く覚えるだけでなく、聞いたことや見たこと、何でもすぐに覚えることもできました。目の前で繰り広げられる私たち家族の会話や行動を見ていたので、適切に話せるようになっていきました。また、私たちの声を真似することができ、娘一人一人とテッドの名前を完璧に呼んだので、私ではなくピーナッツが家族を呼んでいることさえ誰もわからないほどでした。毎朝、学校へ行くために娘たちがドアに近づくとピーナッツがこう言います。「みんな急いで、ほら」、それからドアを閉めようとすると「いってらっしゃい」と。
彼はコップがどこにしまってあるか知っていたので、誰かがコップを取りに食器棚に近づくのを見ると水を注ぐ音を出すのです。
電話をかける音や、電話に出たかのように、「ハーイ」で始まる適切なフレーズを続けることができます。猫のように鳴いたり、犬のように吠えたり、テッドの金づちのトントンという音を真似したり、礼拝の間は歌うことが好きでした。

オウムと人間
私たちはピーナッツと人間が似ていることを発見しました。
私たちは周囲の影響を受け、どのように時間を過ごすかでどんな人になるかが決まります。言い換えれば、読んだもの、見たもの、聴く音楽、友人として選んだ人のようになるのです。何を考えるかによってでさえ、私たちの脳を変えるのです。そしてその変化は医療用画像機器で見ることも測ることも可能です。脳は学んでいることに応じて再構築されるのです。科学者はそれを変形学習と呼んでいます。

籠の中のヨウム
母が90歳で他界するまで、彼女のおなじみの警告フレーズの一つは、「魂の道を守ることはとても大切なことよ!」でした。
若い頃は、そのような言葉がとても重要であることに気がつきませんでした。でも、私たちの時間を無駄に費やし、集中力を散漫にするあらゆる種類のメディアや技術を見ると、私たちが毎日聖霊の導きによる選択をするだけでなく、子どもたちが自分自身でそれらの選択が賢くできるように教えることがいかに大切かに気づかされました。実際、私たちが日々下す決断はつかの間のことだけではなく、永遠の結果をもたらすのです。
体の中で霊的なことをつかさどる器官は脳です。私たちの前頭葉は私たちの霊性、道徳心、意志、理性と良心、判断と意志決定、祈りと礼拝、霊的真理を見分けること、共感、そして利他主義など高等な性質と関係しています。脳の辺縁系はより下等な性質、食欲や性欲、恐怖、ストレス、欲望、心配、不安、怒り、過敏性、消極性、攻撃性、衝動的行為、そして「闘争か逃走か」という防御反応と関係があります。神様は辺縁系をおつくりになりましたが、それは本来自己制御をおこなう前頭葉によって支配されるようになっていました。
このこととテレビとどんな関係があるのでしょうか? あなたの脳のオンとオフのスイッチを想像してください。テレビの電源を入れると、数分以内に前頭葉のスイッチがオフになり、辺縁系のスイッチがオンになります。架空のドラマやエンターテインメント的なテレビ番組は、怒り、恐怖、攻撃性、欲望、悲しみ、娯楽などの辺縁系の衝動を生み出すように設計されています。
「子ども時代に娯楽テレビを見ると、辺縁系が著しく増え、脳の前頭葉を上回ります。」医師でありウィマー保健教育センター長であるニール・ネッドリーが、高く評価された彼の著書『忘れ去られた思考』(2010年)の中で次のように語っています。「これは、多くの小児科専門家が12歳未満は誰も演劇的なテレビを見るべきではないとアドバイスしている理由の一つです。」

アドベンチストのメディア依存症
キリスト教と教会の広範囲にわたる調査を実施したことで知られるジョージ・バルナによれば、メディア依存症はアメリカにおける最も蔓延し、かつ深刻な問題となってしまいました。

この依存症はセブンスデーア・ドベンチスト教会の内外を問わず見受けられます。統計をご覧になれば、ビデオゲームを含むメディアコンテンツの大多数は、魅惑的な生活習慣で私たちを楽しませることでイエス様を十字架に釘付けにしており、そして私たちはそのことに気がつかないほど鈍感になっているのが明らかにわかるでしょう。
「私の人生の主は誰か? 誰にあるいは何に愛情を持っているのか?」と自分自身に問うてみる時です。ちょうどヨウムのピーナッツのように、私たちは眺めることによって変えられます。これはすべてそれまでの私たちの時間の使い方の選択によるのです。
「彼はその欲望が示すとおりの人間だ。」(箴言23:7)
「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」と使徒パウロがローマの信徒への手紙12:2に書いています。J.B.Phillips訳では、「この世の型に押し込められてはいけません。」と言っています。
神様に似たものとしてくれるものに私たちが集中できるように神様の助けがありますように。

*さらなる学びにお勧めです。beltoftruthministries.org.にてお求めいただけます。
“The Lost Art of Thinking” by Dr. Neil Nedley
“Media on the Brain” by Scott Ritsema