第2課 山本義子

2016年 第2期 マタイによる福音書

第2課 公生涯の始まり

山本義子

はじめに
自分はどこから来て、今どこにいて、これからどこに向かっていくのか、自分の生、苦しみの意味などは、全て真の神さまのみ言葉の中に書かれています。モーセの時代に始まり1600年間にわたって続けられ、書き記された聖書の全体には完全な調和があります。この真理は「人生のあらゆる境遇と経験の中にある人々の要求にこたえるのに適したものとなって」(希望への光 1591頁)います。

日曜日 バプテスマのヨハネと「いま持っている真理」
ヨハネは神の選民であったとしても、神から離れていた民は、罪に汚れていること、また心と生活が清められなければ、メシヤの王国に入ることができないことを宣言しました。ヨハネが民に伝えた真理は、終わりの時代に生かされているわたしたちへのメッセージでもあります。「主イエスは、現代の真理を知ってキリストにある自由を得た人々を、この地上の他のどんな民よりも恵まれた神の選民としてみなされるのである。・・・豊かに与えられた祝福は、他の人々に伝えなければならないのである。」希望への光 651頁。

月曜日 荒れ野での著しい違い
神から最大の栄誉を受け、天の被造物の中で最高の力と栄光を与えられていたルシファーは、自己を高めるようになり、創造主だけに向けられるべき尊敬、忠誠を自分が受けようと努めました。彼は神と同じ能力と権威を持った方として、彼以上に高められていたキリストへのしっとに燃えて、心かたくなになり、み子の至上権に疑問を抱きます。やがて彼は創造主の知恵と愛とを非難することが彼の目的となりました。サタンに騙され、神のご品性が正しく理解されていない暗い世界に、天より降りて来られたキリストは、神さまの愛と高さと深さとを知っておられる唯一人の方です。ですから、キリストは神さまから受けられた全てのもの、愛、光、いのち・・・を世界中の人々に与えることができます。み子のこの自発的な犠牲は「御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠のいのちを得るため」(ヨハネ3:16)です。

火曜日 誘惑
キリストが荒野で40日間誘惑の試練に遭われた時、彼は①食欲②眼に入る欲望③プライド、アダムとエバが誘惑に負けた3つの領域でテストされ、これら全てを征服されました。「しかし、人間の救いのために立てられた神さまのご計画は、キリストが飢えや貧困を知り、またあらゆる局面での人間の体験を知ることを条件としました。キリストは人間の意志力を通して、そして天の父なる神さまにつながることによってサタンの誘惑に耐えたのです。それゆえ、どの男女にも神に信仰を持つことで、キリストと同じ助けが得られる道が開けました。人間は神のご品性を担う者になれます。」(『セレクテッド・メッセージ』第1巻408頁、英語版訳)。

水曜日 ゼブルンとナフタリの地方
神から離れたユダヤ人の信仰は暗くなり、望みの光は進むべき道を照らすことはなくなりました。人々にとって死は恐ろしいものであり、不安と暗黒の世界の中に置かれていました。そのような中で真理を求めていた人々が(ユダヤ国民以外にも)霊感に導かれ、彼らが語る預言のみ言葉は、多くの異邦人の心に希望の光を与えました。神は自然や聖所での儀式、預言を通してご自身を啓示して来ましたが、神の時計は、人となられた神のみ手が公生涯の始めの働きに就かれる時をさし示していました。神のあがないのご計画、旧約聖書の教えが、真理がキリストにより語られる言葉によって人々に理解されるべき時が来ていました。

木曜日 漁師たちの召し
キリストは大教師として3年半の間、ご自身の弟子たちに教育を授けました。「教育の最高の働きは知識だけを与えることではなくて、それは心と心、魂と魂とがふれ合うことによって受けられる生きた力をさずけることである。命を生ずることができるのは命だけである。」希望への光791頁。「キリストを最も多く愛する者は最も多くよいことをする。自我を捨てて、聖霊が心に働かれる余地をつくり、神のまったく献身した生涯を送る者の有用さには限りがない。」希望への光792頁。