第3課 藤田佳大

2016年 第2期 マタイによる福音書

第3課 山上の説教

藤田佳大

私たちはマタイによる福音書を通して、キリストの軌跡を学んでいますが、第3課では、各時代の多くの人々に大きな影響を与えた「山上の説教」にただ耳を傾けるだけではなく、いかに私たちの生活に適用するかを学びます。

日曜日 原則と標準
私たちが安息日ごとの礼拝に出席するとき、私たちは礼拝を通して神様と出会うことができます。6日間の世の中での生活を送るにあたって、新しい都エルサレムを目指して生きる私たちはどのようにして生き、どこに目を向けるべきかを神様との出会いを通して知ることができます。世も世にあるものも愛するのではなく、神様の御心を行う者として生きることによって、永遠の命を得るように(ヨハネの手紙I 2:15~17)神様は私たちに語り掛けられています。「永遠に続く唯一の王国の原則と標準に従うように」(ガイド19ページ)神様は私たちを招かれているのです。

月曜日 山上の説教と律法
キリストは、この地上においでになった理由について、「律法を完成させるためだ」とおっしゃっています(マタイ5:17)。ですから、山上の説教が律法に置き換わるものだと考えることは適切ではありません。使徒パウロは、律法はキリストへ導くための養育係であり、それは、信仰によって義とされるためだと述べています(ガラテヤ3:24)。信仰生活において、律法と福音のバランスはとても重要です。「山上の説教は、行いによる救いに置き換わる恵みの救いではありませんでした。救いは常に恵みによるものでした。」(ガイド20ページ)

火曜日 律法学者やファリサイ人の義
使徒パウロは、私たちは自分たちの力によるのではなく、恵みと信仰によって救われたのであり、これは神様からの賜物だと述べています(エフェソ2:8)。日々、自分たちの意志を神様の側に置き、神様に従い続けることによって私たちはキリストの内を生きることができるのではないでしょうか。そこに救いがあり、神様の愛と品性を反映させた生き方ができるようになるのです。

水曜日 御国の原則
敵を愛するということほど、難しいことはありません。憎む人に対しても気持ちよく挨拶し、明るく声をかけ、困った時には助けてあげる。そんなことは、そう簡単にできることではありません。しかし、キリストに出会い、キリストの深い愛を経験する時、私たちは変えられていくことでしょう。「神が私たちのうちに成し遂げることがおできになる最も偉大な働きとは、神が私たちを愛しておられるように、(私たちの限られた範囲であれ)、私たちが愛する人になるようになさることです。」(ガイド22ページ)

木曜日 御国の言葉を受け入れる
キリストの語られた山上の説教をただ聞くだけでなく、適用するためには、「あらゆる肉のものから分離し、神の霊が自分を満たす必要があります」(ガイド23ページ)。肉の側かキリストの側か、私たちの人生では常にその選択にせまられます。信仰によって義とされるために、常にキリストの側を選択することができるよう、日々主に求めてまいりましょう。