第1課 聴覚しょうがい者用:島田隼人

2016年 第3期  地域社会における教会の役割

第1課 万物の回復

1.今週のテーマ
 私たちの世界は神様によって完全に造られました。しかし、罪によって堕落(だらく)してしまったこの世界は今「回復(かいふく)」を必要としています。私たちが地域(ちいき)の家を訪問(ほうもん)し、「あなたは回復(救い)を必要としています!」と力強(ちからづよ)く語(かた)ったところで、おそらく多くの方はピンと来ないのではないでしょうか。自分に回復が必要、救いが必要ということさえも罪によってわからなくなっているのです。
 この堕落(だらく)した世界に、父なる神様は独(ひと)り子(ご)キリストを与(あた)えてくださいました。私たちはキリストの十字架を知ることによって、回復を求める者、救いを求める者へと変えられるのです。
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造(つく)られた者である。古いものは過(す)ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」(コリント人への第二の手紙5章17節。)キリストと結ばれることによって私たちは新しく造られた者、回復された者となるという最高の福音(ふくいん)を知りました。
 この福音を伝える使命(しめい)を神様は教会に、そして私たちに託(たく)されました。神様からの力を受け、どのようしてこの「回復の福音」を伝えていけるかを考えましょう。

2.神のかたち(日)、堕落(だらく)とその影響(えいきょう)(月)
 人間は神様によって創造(そうぞう)された特別な存在(そんざい)です。なぜなら、創造主のかたちに創造された唯一(ゆいいつ)の被造物(ひぞうぶつ)だからです。
「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」(創世記1章27節)エレン・G・ホワイトは次のように言っています。「アダムが創造主のみ手によってつくられたとき、彼の肉体と知能(ちのう)と霊性(れいせい)は、神のみかたちをそなえていた」(『教育』4ページ) 想像(そうぞう)するだけでワクワクしてきませんか。
 アダムの肉体、知能、そして霊性は神様のみかたちを備えていたのです。本来(ほんらい)の人間の姿(すがた)は完全だったのです。しかし、罪の結果、肉体、知能、そして霊性は壊(こわ)され、「回復(かいふく)」を必要とする者へとなってしまいました。創造主に対して抱(いだ)いていた愛が憎(にく)しみに変わり、創造主に対して抱いていた信頼(しんらい)が疑(うたが)いへと変わっていったのです。
「エバを与えた神様が悪い」、「蛇を創造した神様が悪い」。全(すべ)ての悪を神様に向けたのです。これこそ、サタンの作戦通(さくせんどお)りのシナリオでした。大争闘において、サタンは全ての悪を神様に向けさせます。そして、神様の「愛」と「正義」に疑いを抱かせるのです。しかし、神様には回復の計画がありました。

3.敵意(てきい)と贖(あがな)い(火)、イエスにおける回復(水)
 旧約聖書において「贖い」とは、人手(ひとで)に渡った近親者(きんしんしゃ)の財産や土地を買い戻すこと。または、身代金(みのしろきん)を払って奴隷(どれい)を解放(かいほう)し、自由にすることを意味(いみ)するといいます。神様は、どうにかして罪によって離(はな)れていってしまった人間を買い戻したい、解放して自由にしたいと望(のぞ)まれました。なぜなら、神様は私たちと「共(とも)にいたい、一緒(いっしょ)にいたい」と望んでおられるからです。
 なぜ神様は私たちと共にいたいのでしょうか? 答えはシンプルだと思います。それは、私たちを愛しておられるからです。神様はご自分のかたちに創造(そうぞう)した人間を愛しているからこそ、贖いの計画を実行されたのです。愛の神様に向けられた「敵意(てきい)」を、サタンへと向(む)け直(なお)すための計画です。
 贖(あがな)いには、「買い戻す、奴隷を解放する、自由にする」という意味(いみ)があると言いました。買い戻すためには、支払いが必要です。奴隷を解放し自由にするには身代金(みのしろきん)が必要です。私たち罪人を買い戻すために神様は何を与えたのでしょうか。
「神はそのひとり子を賜(たまわ)ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子(みこ)を信じる者がひとりも滅(ほろ)びないで、永遠の命を得(え)るためである。」ヨハネによる福音書3章16節
 父なる神様は、ひとり子である、キリストを与えてくださいました。このキリストによって私たちの中に神のかたちが回復されていくのです。キリストは、私たちの中に入り、一つとなりたいと願っています。この呼びかけに私たちはどう答えるでしょうか? 差し伸ばされているキリストの手を喜んで握(にぎ)ってほしいと、父なる神様は願っているのです。

4.教会の回復(かいふく)の役割(やくわり)(木)、さらなる研究(金)
 キリストの十字架によって示された愛を知った者は、この福音を一人占(ひとりじ)めにはできなくなります。キリストによって回復を経験した者は、この回復を誰かに証(あか)ししたくなります。これこそ、神様が教会に与えておられる役割(やくわり)であり使命なのではないでしょうか。
 回復した自分を証(あかし)するのではなく、回復してくださった「キリストの十字架」を証する者として私たちは召(め)されているのです。そして、キリストが再び戻って来る時に、失われていた世界は完全に回復されるのです。これこそ、アドベンチストの希望であり福音ではないでしょうか。
 今期は「地域社会(ちいきしゃかい)における教会の役割(やくわり)」として学びを続けていきます。キリストにつながる教会(共同体(きょうどうたい))として、地域社会において何ができるかを祈りつつ求めたいと思います。そして、副題(ふくだい)にあるように、永遠の福音を生き、宣(の)べ伝える共同体(教会)の一人(一員(いちいん))として何ができるかを祈り求めたいと思います。
 求め続けるならば、神様はこの「回復の福音」を宣べ伝える方法、そして、宣べ伝えるべき人々をも与えたくださることを信じたいと思います。

◎ 第3期より三育関町教会牧師、島田隼人先生がガイドのポイント作成に加わってくださいます。感謝致します。