第10課 安河内アキラ

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第10課 イエスは人々の信頼を勝ち取られた

今週の聖句 創世記15:6、民数記14:11、Ⅰコリント3:1~9、ダニエル6:1~3、ネヘミヤ2:1~9、申命記4:1~9、使徒言行録2:42~47

今週の研究  私たちは今週、私たちが奉仕をし、キリストのために獲得しようとしている人々の信頼を勝ち取るという問題について研究します。

月曜日:私たちが完全になったり、完全な教会をつくったりするまで人々の必要に応えることができない、というわけではありません。しかし、その一方で私たちは、ある程度人々から信用され、信頼されうる種類の人間になろうと努める必要があります。イエスがなさったように、誠実に熱心に人々の世話をするなら、私たちはそのようにできるでしょう。もし教会員が地域社会の必要に応えることと、人々にキリストの愛を示すことだけに心を注ぐなら、教会内の多くの言い争いや揉もめ事がたちまち消え去ることは間違いありません。

水曜日:どの程度可能であれ、もしそれがキリストの御業を前進させるのであれば、私たちは進んでほかの人たちと(異なる宗派の人や異なる宗教の人たちとさえも)働きましょう。言うまでもなく、私たちはほかの人たちと結ぶ協力関係に関して常に慎重になる必要がありますが、私たちが地域社会全体の幸福のためにしたいと思っていることにおいて、大いに助けとなる情報を提供してくれる人々とは、注意深く、祈りつつ一緒に働くことができます。しばしば、私たちの人道的な働きに感銘を受けた行政機関、民間企業、個人さえもが、支援を申し出てくれるでしょう。このような支援は、検討することなしに受け入れたり、拒否したりすべきではありません。そうではなく、決定を下す前に、情報や助言を受けて、祈りつつ個別に検討される必要があります。

木曜日:それどころか、健康のメッセージは、私たちが地域社会に手を差し伸べるうえでの有効な接点になりえます。何しろ、私たちの信仰に興味のない人たちでさえ、健康でいることには関心があるからです。私たちに与えられているものを伝えるというのは、なんという好機でしょう。「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」(ルカ12:48)と、イエスはおっしゃいました。そして疑いなく、私たちには多く与えられています。

 人間関係において信頼はとても大切です。信頼している牧師さんの説教が、あまり良い内容でなかったとしても、先生は今週お忙しかったのかなぁと同情することができます。逆に信頼できない牧師さんが、どんなに良い説教をしても… 口先だけでは心には響かないかもしれません。(もちろんどちらも良いことではありませんが) 
 教会が地域からの信頼を得るためにはどうしたら良いのでしょうか。水曜日の引用文にありますが、協力して地域のためにできることを積極的にして行かねばなりません。こちらがやりたいことではなく、教会としてできることを地域のためにできることをなさねばなりません。もちろん、わたしたちの主義や原則を守らねばなりませんが、協力できることはいくらでもあり、また良識のある方々だったら、こちらの主義や主張も理解してくださることでしょう。
 月曜日の引用文で「人々にキリストの愛を示すことだけに心を注ぐなら、教会内の多くの言い争いや揉もめ事がたちまち消え去ることは間違いありません」とありますが、そのとおりだと思いますね。教会の内紛が多ければ、教会の働きが外へ向いていないか、集まっている方々がイエスさまを見上げていないためでしょう。
 木曜日の健康メッセージについて、健康になりたくない人はいません。わたしたちの教会は、すばらしい健康へのメッセージを与えられています。けれども日本において公的な資格を持たないで健康のメッセージを語ることは、様々な問題が発生する場合があることも事実です。くわしくは9月号のアドベンチストライフの特集に書かれています。ぜひお読みになってください。