第11課 安河内アキラ

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第11課 イエスは「わたしに従いなさい」と命じられた

今週の聖句 ヨハネ10:1~5、16、ルカ9:2、黙示録14:6、7、ルカ19:1~10、使徒言行録26:11~27、黙示録3:20

今週の研究  イエスに従う者たちは、周囲の人々の基本的必要を満たすことで、イエスの愛を実践していました。それは、イエスがこの地上におられたときになさったことであり、彼に従う者たちも、同じようにするはずです。ですから、イエスに従う機会が与えられたとき、多くの人がそうしたことは驚くに当たりません。

日曜日:言うまでもなく、ほかの人にもイエスの声を知ってもらう手助けをするには、その前に私たち自身がイエスの声を知っていることが重要です。私たちはサタンのずる賢い声とイエスの声を識別するために、天来の聞き分ける力を必要としています。大争闘という現実、人々がイエスとの救いの関係に入らないよう極めて密かに働く敵がいるという現実を、私たちは本当に肝に銘じておく必要があります。
 良い羊飼いの代理人である私たちは、イエスに従いなさい、と人々に命じるとき、彼の働きの特徴を反映している必要があります。言葉の真実性と、イエスの犠牲的な愛を反映する純粋な奉仕は、私たちが奉仕する人々の耳を開き、地域社会と教会との間の障壁を取り除きます。

月曜日:地域社会からだれもやって来ないとき、あなたの教会は何をすればよいのでしょうか。人々が来るようにと祈ることだけに集中しているなら、みなさんは、魂を獲得するためのイエスの方法に従っていません。彼は人々と交わり、つき合い、救うために人々を捜し出されました。「わたしたちは、人々が自分のところにくるまで待っていてはならない。わたしたちは人々がいるところへ出ていって、彼らをさがし求めねばならない。……こちらからもっていかなければ、福音に接することのできない人々が、おびただしくいるのである」(『希望への光』1274ページ、『キリストの実物教訓』209ページ)。

水曜日:あなたが奉仕する相手の人たちと深く知り合うにつれて、信仰や、あなたにとって主がどのような意味を持っておられるかについて話す機会を逃さないように注意してください。霊的な話題を取り上げる機会を探し求めてください。新しい友人たちに、彼らの家族のこと、仕事のこと、宗教のことを尋ねてください。それらは、あなたが個人的なあかしをする道を開きます。
 実のところ、個人的なあかしはイエスを伝える最も有効な方法になりえます。なぜなら、最も威圧感を与えにくいからです。あなたはあからさまに説教をするのではなく、ただ物語を語るだけです。私たちはみな、イエスが私たちの人生の中でなさったことに関する個人的な物語を持っているでしょう。

 第6課から今週の11課まで、イエスキリストの働きから学びました。第一段階として、人々と交わられた。次に人々の幸福を願われた。三番目に同情を示された。四番目に人々の必要に応えられた。五番目に人々の信頼を勝ち取られた。そして今週の「わたしに従いなさい」と、キリストを主とする人生を選ぶように導かれたのです。イエスさまでさえ、一人の人を導くために、これだけの手順を重ねて行かれました。
 マタイ5:13で「地の塩」となれと書かれています。その地域にあってなくてはならないものになれというメッセージではないでしょうか。三育学院での学んでいた時に恩師が「偉くならなくても良いから必要な人間になれ」と教えられたのも同じことを教えているのでしょう。
 そして地の塩とセットになっているのは世の光です。どちらもイエスさまがわたしたちにあなた方は世の光、地の塩であると語られています。わたしたちは光を注目してしまいがちですが、13節には地の塩、その次の14節に世の光と書かれています。それは光を輝かす前に、地域で必要な働きをしなさいと勧めているのではないでしょうか。また5章16節では光の中身は、メッセージではなく「立派な行いを見て天の父をあがめるようになる」と教えられています。わが国だけでなく全世界において、キリスト者が社会を明るくするために働いている姿が、キリストの姿を最もあかしをしているのではないでしょうか。