第11課 聴覚しょうがい者用:山路俊晴

2016年 第3期  地域社会における教会の役割

第11課 イエスは「わたしに従いなさい」と命じられた

1.今週のテーマ
 キリスト教がローマ帝国に広まった理由が安息日午後のところに書かれています。それは、キリスト教の教えがよいのものであったというのではなく、キリスト教徒が人々に愛を持った助けをしたからとあります。イエス様が示してくださった模範に従って、当時(とうじ)のクリスチャンがイエス様のように行(おこな)った結果、多くのひとがクリスチャンになりました。現代(げんだい)でも、同じように、まず私たちがイエス様に従う生き方を学び、イエス様がなされたように人々の必要を満(み)たし、福音(ふくいん)を伝えていくことが求められています。イエス様に従うとき、私たちが祝福され、また、私たちと接(せっ)する方々も祝福され救われていきます。

2.羊はその声を知っている(日曜日)
 ペットを飼(か)っている方(かた)は、理解(りかい)してもらえると思います。動物は彼らの飼い主の声だけでなく、その気持ちを知っています。またその足音(あしおと)まで区別(くべつ)できます。飼い主が食べ物を与え、いろいろ世話(せわ)をして必要を満たしてくれるからです。イエス様が羊飼いで、私たちが羊である関係も同じです。わたしたちは、イエス様によって罪の人生より救っていただき、毎日の必要を満たしていただいています。イエス様によって幸せな人生を与えていただいています。それだから、このすばらしい救い主であるイエス様を多くの方にお知らせするようにすすめられています。サタンは人々の心にたくさんの声を聞かせて、イエス様の声を聞き取りにくくしています。イエス様の声を知っている私たちが、イエス様の声を人々が正しく聞き取れるようにお助けする必要があります。イエス様の声を聞き分け、信じて従う人生がどれほどすばらしいかを理解していただくために、まず自分の心にイエス様を日ごとにお招きして、イエス様の愛と力と正しく物事(ものごと)を見分ける知恵をいただく必要があります。

3.私たちは捜(さが)さなければならない (月曜日)
 今日の学びの初めは、イエス様がこの世界に来られたのは、私たち失(うしな)われたものを探し出して救うためであるというみ言葉より始まっています。イエス様に従うとき、私たちも人々のところに出かけ、交わり、失われている人を捜し求めて、祈りとともに自分でできる助けをする必要があります。失っている人とは、生きる道を失っている人、愛を失っている人、平和を失っている人、健康を失っている人、信頼を失っている人など、さまざまな方がいます。教会に来て信仰を持たれたが、いやなことがあって教会にこなくなってしまった方やほかの宗教を信じて真理を失った方も含まれます。私たちの周(まわ)りに、神様のもとにお連(つ)れする方がたくさんおられます。イエス様が私たちに近づいてくださったように、私たちも積極的(せっきょくてき)に人々のところに出かけていきましょう。
 
4.懸(か)け橋(はし) (火曜日)
 懸け橋とは、こちらの岸(きし)と反対側の岸をつなぐもののこと。それは、神様を知らない人と神様をつなぐ働きを意味しています。その働きを「伝道」と私たちは呼んでいます。伝道は、講演会や講習会、クリスマス会などのプログラムを通して教会で行っています。しかし、忘れていけないことは、伝道の中心はイエス様であることです。イエス様は人間です。イエス様のことを教えるプログラムを計画して行うことは大切ですが、それ以上にイエス様に従っている人が、伝道においては大切な役割を果(は)たすのです。人と人との絆(きずな)の中に伝道のかけ橋ができるからです。神様を知っているわたしたちが知らない人と交わるとき、わたしたちを通して神様との懸け橋が作られて、神様を知らない人が救われていきます。

5.命(めい)じること (水曜日)
  聖書の中を見ますと、伝道するには何か特別な勉強をしなければとか、訓練を受けなければならないとは書かれていません。クリスチャンならだれにでもできるのです。その方法が、「あかし伝道」です。自分が神様を知る前はどうであったか、どのようにして神様を信じてクリスチャンになったか、今まで神様は自分の人生をどのように導き、祝福してくださっているかを語ることです。説教でなく、ありのままの経験したことを、そのままお話しすることです。クリスチャンなら誰にでもできます。問題は、いつそのことを話すかです。むやみに話しても効果(こうか)がありません。チャンスを待たなければなりません。人と交わっているときに会話の中で、信仰のこととか、宗教のこと、教会のことなどの話が出たときに、心の中は待っていましたという思いでいっぱいでも、ごく自然に、私は神様を信じて、本当に幸せであることを話し始めましょう。あかし伝道は自然な会話の中で始めます。あくまでも、自然な流れでお話をします。そこに無理(むり)やりに話を持っていこうとあせってはいけません。そして、話に興味(きょうみ)を持たれたら、教会に一緒に行ってみないとお誘(さそ)いするのがよいでしょう。または、ご自分が所属(しょぞく)する小グループにお誘いするのもよいでしょう。お祈りしていると証し伝道する機会が与えられます。

6.「探(さが)しなさい。そうすれば、見つかる」 (木曜日)
 イエス様を信じている私たちは、心の扉(とびら)を開いてイエス様を心の中にお迎えできたのです。しかし、多くの人たちは、イエス様を心に迎えるために心の扉を開くことをしません。知らない人を自分の家に入(い)れないのと同じです。しかし、訪(たず)ねてくださった方が、身内(みうち)であると知った時や、自分にとって大切な方であることが分かれば、「どうぞ、お入(はい)りください」と進んで招き入(い)れることでしょう。あかし伝道は、イエス様が相手の方にどれほど身近(みぢか)で大切(たいせつ)な方であるかを知っていただくきっかけとなります。聖霊の神様が人の心に働くとき、不思議に思えるように、人の心は神様にひきよせられ、開かれます。そのような機会(きかい)を祈りながら探し求めていくように勧(すす)められています。人に、イエス様のことをお話しすることを恥(は)じらってはなりません。聖霊の神様が言葉を与えてくださいますので、心の中に聖霊の神様が、「今があかしのチャンス」とささやかれたときには、喜んであかしをしましょう。または、一緒(いっしょ)にお祈りをしましょう。個人的に相手の方が神様に救っていただき、祝福が与えられますようお祈りをいたしましょう。イエス様は、今でも天において私たちの救いのために働いてくださっております。イエス様に従って、わたしたちも接する方々が永遠の死から永遠の命に移(うつ)れるよう、救いの働きをいっしょになしていきましょう。