第12課 安河内アキラ

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第12課 終末時代の都市伝道

今週の聖句 使徒言行録18章、出エジプト記2:23~25、マタイ13:3~9、18~23、ヨハネ15:12、13、Ⅱペトロ3:9

今週の研究  三天使の使命は、福音を「あらゆる国民、種族、言葉の違う民、民族に告げ知らせる」(黙14:6)よう、求めています。それゆえ、人が住む所ならどこにでも、このメッセージが届けられる必要があります。そして現在、多くの人が住むのは都市ですから、私たちは都市へ行く必要があります。

火曜日:聖書は、Ⅰコリント12章、ローマ12章、エフェソ4章で霊的な賜物について教えており、賜物には多様性があるものの、使命は一つだけであると述べています。土地の状態と種まきに関するたとえ話は、都市に手を差し伸べることにおいても、多くの異なる賜物が必要であることをはっきりと示しています。大都市では、「種々の賜物に恵まれた人々が動員されるべきである。……新しい方法が紹介されなければならない。神の民は自分たちが存在するこの時の重要性に目覚めなければならないのである」(『伝道』87、88ページ)と、エレン・G・ホワイトは記しています。天来の洞察の賜物によって、彼女は都市伝道を効果的に行うのに必要なものがわかりました。
 今日、多面的で大きな戦略を実行するには、多種多様な方法や賜物がさらに一層必要です。一つのキャンペーンや一つの大きな企画だけでは、長期的に見て多くを達成できないでしょう。都市の大規模で複雑な構造は、そのような伝道プログラムを飲み込み、数週間のうちに、影響は跡形もなくなってしまいます。前もってやるべきことがたくさんあります。

水曜日:ヨハネ15:12、13、ヤコブ1:27、ガラテヤ6:2を読んでください。これらの聖句はともに、真剣な地域支援にとって極めて重要なことを私たちに教えています。都市人口のあまりの多さゆえに、信仰が個人的なものであるという事実を見失うことは簡単です。都市やその他の場所に手を差し伸べるうえで肝心なことは、1人ひとりがキリストとの個人的な関係を見いだすように助けることです。調査結果によると、アドベンチスト教会に改宗した大部分の人が、アドベンチストの知り合いとの関係でこの教会に加わったと言っています。そして、しばしば友情には、とりわけ地域支援における場合、自己に死ぬことと、他者の幸福のために働こうとする意欲が必要とされます。

木曜日:たとえ私たちの生まれつきの罪深い性質がそれほど悪くないとしても、知ってのとおり、都市は人々に悪影響を及ぼすことでこれまでずっと知られてきました。人々は、魂の敵が彼らをわなに陥れ、罪とこの世に縛り続けるために用いる多くの誘惑に遭遇します。それゆえ、都市の人々への地域支援がとりわけ容易な働きでないことは当然です。しかし、それは当然なされるはずの働きであり、私たちは教会として、召しに忠実であるために、それをやる必要があります。
 都市の人々に手を差し伸べるようにとの召しは、個人的なものです。それは、私たち自身がキリストをより深く体験することへの召しであり、総合的な計画と実施とともに熱心な執り成しへの召しです。それはすべて、リバイバルと改革という土台の上に築かれています。なぜなら、この働きは聖霊の力によってしか成し遂げられないからです。

 今週の暗唱聖句で、自分たちが住んでいる街のために祈れと書かれています。またテモテ第一2:1,2ではすべての人に、王や高官のためにとりなしの祈りをするようにと勧められています。なぜこのようなことが勧められているのでしょう。それはまわりに住んでいる方々、また政治などはわたしたちが幸せに暮らす環境因子だからなのです。憲法で信教の自由が認められなかったら、わたしたちは安心して礼拝をすることができません。日本の教会で自分たちの街のために、政治家のために選挙などのためにお祈りがされているでしょうか。
 今週の学びをしながら、武田信玄が語った「人は城 人は石垣 人は堀 なさけは味方 あだは敵なり」を思い出しました。わたしたちの教会は、土曜日にやっていて、自分たちの主張ばかりの変わった教会と思われていませんか? まわりの人が教会の働きを認めてくださっている、これが一番の支えなのです。
 先日、シャロームに市内の大学の教授が、学会でともに研究されている方を連れて来られました。そしてシャロームは良い場所だと、自分のことのように説明されているのを横で聞いていて、このように言っていただけたのは、33年間の地道な地域のための働きを評価していただけたからでした。地域の方々は教会を見ています。そして地域のために奉仕を続けている時に、必ずそれを認めてくださいます。