第2課 聴覚しょうがい者用:英田恭二

2016年 第3期  地域社会における教会の役割

第1課 支配権(しはいけん)の回復(かいふく)

はじめに
 今期(こんき)は、教会が地域社会(ちいきしゃかい)の中で積極的(せっきょくてき)に奉仕していくために必要な研究です。教会という共同体(きょうどうたい)の定義(ていぎ)をガイドは、次のように書いています。
「私たちは『教会』を、自分たち自身(じしん)のために生きる共同体ではなく、イエスの働きの中にあらわされているように、永遠の福音(ふくいん)を生き、宣(の)べ伝えるために召(め)し出された人々の共同体と定義(ていぎ)します。(ガイド1p)
 教会は救われた人々のために存在(そんざい)しているというよりも、まだ救われていない人々に福音を宣べ伝えるために存在しているのです。神様は、人類が失ったものを回復(かいふく)するために救いを計画してくださいました。イエスさまの働きによって、その救いは現実(げんじつ)のものとなりましたが、完全な回復にはまだ至(いた)っていません。教会は、イエスさまの働きによって示(しめ)された回復の道がどのようなものであるかを表(あらわ)しながら生きていくのです。また、人々を神様が回復される道に招(まね)くのです。
 今週の研究は、万物(ばんぶつ)が回復されていく過程(かてい)で鍵(かぎ)となる支配権(しはいけん)について学びます。

1.支配権(しはいけん)と聞けば
 「支配権」という考えは、今日しばしば否定的(ひていてき)にとらえられます。それは支配されるものが支配する者(征服者(せいふくしゃ))によって、傷つけられたり、搾取(さくしゅ)されたりしたからです。しかし「支配権」そのものは悪ではありません。支配権を持つもの(征服者)が悪ければ悪い世界が興(おこ)り、善(ぜん)なるものが支配すれば恵みを受けるのです。
 また人は、もともと他の人に支配されたくないからです。自分のことは自分で決(き)めたいのです。なぜなら、人間は自分のことを自分で決めるように神様によって造られたからです。

2.人は支配(しはい)するために造られた
 人は、自分の人生の意味や目的を知ろうとします。なぜなら人は、神様によって意味(いみ)ある人生を送るように目的をもって造られたからです。創世記1章26節から28節を引用(いんよう)します。
「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似(に)せて、人を造ろう。そして海の魚(うお)、空の鳥、家畜、地の獣(けもの)、地を這(は)うものすべてを支配させよう。』神は御自分にかたどって人を創造(そうぞう)された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。『産(う)めよ、増えよ、地に満(み)ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這(は)う生き物をすべて支配せよ。』」
人間は、神にかたどって造られ、地を支配し従わせるようにと造られました。神にかたどられた人間が地を支配し従わせることによって、神の栄光とそのご品性(ひんせい)を反映(はんえい)することが神のご計画でした。

3.与(あた)えられた支配権(しはいけん)は何(誰)のためにある
 神によって造られた人間は、エデンの園(その)に住まわされ、そこを耕(たがや)し、守るようにさせられました。ヘブライ語で「耕す」という言葉は、働く、仕えるという意味もあります。また「守る」という言葉は、注意を払う、保護するなどの意味もあります。これらの言葉の意味を考えると、地を支配・服従(ふくじゅう)させるとは、創造主(そうぞうぬし)に代わって思いやりと愛情をもって世話をし、管理(かんり)することだということがわかります。
 もともと人間に与えられた支配権は、自分にゆだねられたものの被造物(ひぞうぶつ)に対する神の愛が表されるのでした。

4.支配権に設定(せってい)された境界(きょうかい)線(せん)
 神様は人間に「すべてを支配せよ」と命じられましたが、エデンの園にある制限(せいげん)を設(もう)けられました。善悪(ぜんあく)の知識(ちしき)の木がそれでした。人間に与えられた支配権には境界線(ここまでは支配してもいいですが、ここから先は支配できませんよ)が定められていたのです。
 サタンはこの境界線を越えるように(支配してはいけない領域(りょういき)に入り込(こ)むように)アダムとエバに働きかけました。そしてその領域に入り込ませました。そしてサタンはこの世の支配者になりました。サタンに支配された世界は、サタンをまねて生きるようになり、そこには多くの苦しみが生じています。
 サタンにコントロールされた支配者たちは、彼らが支配する権利(けんり)のないものを支配しようとします。ファラオ(エジプトの王)やユダヤのヘロデ王などがよい例です。(ファラオは、神が解放しようとされたイスラエルを支配しようとした。ヘロデはキリストを殺そうとして幼児(ようじ)を虐殺(ぎゃくさつ)するように命じました。
 
5.支配権の回復(かいふく)
 キリストがおいでになったのは、私たちが失(うしな)ったものを取り戻(もど)すために来られたのです。イエスは、サタンに押さえつけられている人々を癒(いや)しながら、町々村々(まちまちむらむら)を巡回(かい)されました。それはサタンに支配されている人を自由にするためでした。それはアダムに当初(とうしょ)与えられた支配権を回復するためでした。
 イエスによって支配権を回復された私たちは、サタンのもとにいる、まだ救いと支配権を取り戻していない人々の手助(てだす)けをするように、神に召されているのです。

6.回復された支配権
 自分のことは自分で自由に決定(けってい)できるようにイエスさまが助けてくださいました。(この支配権を国家(こっか)レベルでいうと主権(しゅけん)になると思います)。イエスさまに与えられたこの支配権を自分のためだけにではなく、人のために地域(ちいき)のために使っていくのがクリスチャンなのです。人の祝福のために働くことは、主のために生きることなのです。