第6課 藤田佳大

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第6課 イエスは人々と交わられた

第6課の暗唱聖句、ルカによる福音書15章1節、2節はキリストがどのようにして人々と交わられたかをよく示している聖句だと思います。第6課では、キリストが示された伝道方法の模範を通して、現代を生きる私たちがどのようにして、まだキリストを知らない人々に聖書の真理を伝えるかを学びます。

日曜日 キリストの方法だけ
キリストは人々に寄り添われ、病んでいる人々、悩んでいる人々、苦しんでいる人々などあらゆる問題を抱えた人々に同情を示し、その必要を満たされました。彼らと深く関係を持つことによって、深い絆と信頼関係を築き、人々を救いへと導かれました。そして、今度は救われた人々が外へ出て行って、聖書の真理を伝えに行くようにキリストは彼らを訓練されました。これが、私たちに示してくださったキリストの模範です。私たちを周囲の人々を救いへと導く第一歩は、彼らと良い関係を築き上げることではないでしょうか。

月曜日 失われ、見いだされ
キリストはルカ15章で3つの例え話をされました。見失った羊、失くした銀貨、そして、放蕩息子。羊の群れから離れて、危険な場所へ行って、傷を負ったり、真っ白な毛皮がまっ茶色になってしまったとしても、羊は羊です。きれいに光る銀貨を家で失くして、ほこりまみれの中に落ちて、その輝きを失ったとしても銀貨は銀貨です。お金をすべて失って、食べるものもなくやせ細って、みすぼらしい恰好になっても息子は息子です。どんな状態になろうとも、キリストは彼らの傍らにおられ、正しい道へと導いてくださいます。それは、キリストにとってすべての人がキリストの友だからです。一人も漏れることなく、天国行きの切符を手にすることができるように、今日もキリストは失われた人々を捜し続けておられます。キリストが連れて来られる失われた人々を快く受け入れることができるように、私たちは準備しておく必要があります。

火曜日 罪人と一緒に食事をする
床に就く前、一日の自分の言動を振り返ってみると、神様の御心に適わない言動がたくさんあったことに気づかされ、心が痛みます。しかし、同時に、こんな私にも注がれた神様からの恵みと祝福を数える時、心がジーンとします。私たちはどうすることもできない罪人です。「私たち自身の好みを基準にして他者の行動を裁くことは簡単です。私たちはへりくだって自己を捨て去り、聖霊によって憐れみの心を確信に変えていただくことを学ぶ必要があります。」(ガイド42ページ)「食卓を囲む」というのは、その人との絆を深める良い機会ではないでしょうか。礼拝後の昼食の席で、礼拝で受けた恵みを分かち合うことは、その人がキリストとお会いする絶好のチャンスではないでしょうか。私たちの弱い目で誰かを裁いたり、その人の価値を判断するような誘惑から守られるよう、日々祈ってまいりましょう。

水曜日 賢く交わる
私たちは世の中の楽しみを発見するために世の中で生きるのではありません。「イエスは、ある目的を持って交わりました。イエスは、弟子たちが世の習慣に慣れ親しむために交わるように意図しておられませんでした。むしろ、天の光と雰囲気が闇の世に輝くことができるためには、私たち一人ひとりがキリストと直結し、キリストに献身し、私たちの意思をキリストに委ねることができるよう、キリストは私たちを召しておられるのです。」(副読本48ページ)。私たちは人々をキリストの元へと導くために世で暮らします。人々に光を輝かすことができるよう、聖霊の油注ぎをしっかり受け、光の子として生きていきましょう。(エフェソ5:8)

木曜日 よこしまな時代の中で
混沌とする世の中で多くの人々が福音を必要としています。キリストの福音を人々に伝えるためには、周囲の人々が何を求めているのかを知ることが大切です。そのためには、周囲の人々との関係を築くことが重要でしょう。周囲の人々と親しい関係を持つことができるように、聖霊の導きを求め、周囲の人々に合った計画が立てられるように願い求めましょう。(副読本51,52ページ)