第7課 山本義子

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第7課 イエスは人々の幸福を願われた

日曜日 ニネベにおけるヨナ
神の驚くべき恵みを喜ぶことができずにいたヨナとは対照的に、キリストがどれほど人類を愛しておられたかを少しでも知る時に感動を覚えます。キリストは凱旋式の途中、突然おさえきれない苦悩の涙とうめき声を出されました。ご自分の民を救うために天より下られたキリストの働きを見ても罪を自覚することなく、神の愛を拒み主の命をとろうとしているエルサレムは、キリストの心を刺し通しました。AD70年ローマの軍隊によるエルサレム陥落の運命の中に、キリストは世界の滅亡を見ておられました(参考「希望への光」p.972~974)。神さまの憐れみと恵みの期間はもう残り少ないのです。教会が魂の救いへの関心を益々強くし、「すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」というキリストの命令を果たしていく必要があります。
 
月曜日 「とにかく」の原則
わたしたちの永遠の運命は、「貧しい者や悩める者を通して主のためにつくしたか、それともつくすことを怠ったかによってきまるのである。」(希望への光p.1009)と証の書は述べています。誰でもキリストのために働くことのできる場所、機会はあります。キリストが十字架上で命を捧げられたのは、苦境の中にある人々のお世話をし、神の愛を伝えることのできる教会を建てるためでした。人々の感情や困難、失望、喜び、悲しみなど、もしわたしたちがその人の立場に立っていたならば、わたしが人々に取り扱ってもらいたいと考えるように人々にもすることが真の誠実です。

火曜日 愛は必ず
神の子どもとされたなら、神の家族を愛するはずです。教会から離れている人であっても、その方とご家族の幸福を心から願って祈ることができます。初代教会では「・・・心の内から神の恵みが溢れ出ているクリスチャンが生き生きと働きかける共同体を形成していました。ですから教会外の地域の方々は、その感化力に魅了されて、教会の人たちとなじむようになりました」(副読本p.55)。神の子は地の塩として教会外の人々と親しく交わり、それぞれのニーズに応えて救い出す器として存在しています。

水曜日 二度目の接触
ジョン・ポーリン先生は霊的命を回復するための取るべき方法を教えて下さっています。       ①命を再び求めて踏み出すこと。霊的刷新のために変わりたいと願うこと。その気持ちを神にささげ「主よ、私をあなたにもっと近づけて下さい。心から喜んで求めるようにさせて下さい」と祈りましょう。②固い決意を徹底的にすること・・・固い決意をもって方向転換をし、神が私にいるようにと望まれる場にいようと固い決意をしなければなりません。③過去に自分が光を見た場所に戻ること・・・この助けとなるものは信仰日誌、神に近くいた時の霊的状態を日誌に書きます。失望したり気分的に優れない時に、「摂理のノート」を開き読み返すことにより、神が私のためにして下さった大きな御業を思い出し、心が新たにされるのです。④キリストが再臨なさることを覚え、今がどういう時なのかを知ること・・・神さまは私たち一人一人の人生の説明責任を問われます。私たちはすべての思想や行動を永遠という光に照らして見つめなければなりません」(黙示録講義 第一巻 p.70~71)。

木曜日 他者中心の教会
キリストの心を突き動かしたのは、人々に対する深い愛、同情でしたが、キリストは今でも変わることなくキリストを受け入れた人を用いて働かれます。魂を収穫する教会として行うことのできる良い活動は数多くありますが、すべての活動は魂の救いのために行う必要があります。成長している健全な教会員は、素直に行動に表される信仰という熱意を身につけているそうです。キリストを愛し慕う経験は、神さまを周囲の人たちに伝えたいと願う情熱へと広がります。