第7課 青年用:羅ヨンボン

2016年 第3期 地域社会における教会の役割

第7課 イエスは人々の幸福を願われた
青年用:羅ヨンボン

 今週のポイント
それぞれの教会はなぜそこにあるのか。今、教会が力を入れているところは誰のためなのか。今週は、皆さんが通っている教会の存在意義を改めて考えていきます。
① 日曜日:預言者ヨナは行きたくない所で、会いたくない人に、語りたくないメッセージを語るように召されました。イエスもある意味ではヨナと全く同じ立場でした。しかし、ヨナとイエスは全く違う反応を示されました。自己中心なのか相手中心なのかが根本的な違いです。
② 月曜日:いいことをするのにそれを妨げる色んなことがあります。しかし、時には相手の状況や社会通念を乗りこえて、「とにかく」彼らの救いを切実に願っている神の心をもって、私たちのなすべきことを行う必要があります。
③ 火曜日:「神は愛である」と言う事実を人々に示す使命がクリスチャンに託されています。神を知らない人はクリスチャンを見て、初めて神をイメージするわけです。現代は名ばかりの「クリスチャン」ではなく、本当に「神の愛」を持っている人、それを示す人を必要としています。
④ 水曜日:世界をみ言葉をもって造られたイエスは、目の不自由な人をいやす時にわざと二段階の手順を取りました。イエスは人々に霊的教訓を示すために、このようになさいました。人間は人を物のように見てしまう時があります。しかし、十字架を通して人を見る時、初めて私たちは一人一人の真の価値が見いだすことができるのです。
⑤ 木曜日:「キリストの教会は地上における彼の心、彼の手です。イエスは何よりも人々を愛されたのですから、真に彼のものである教会は同じことをするでしょう」(51頁、第二段落目)。教会で行われるすべてのことに神の愛が含まれているのか、何らかの形で地域社会に表されているのか問いかける必要があります。

 用語解説
① 黄金律:いわゆる「山上の垂訓」と呼ばれるイエスの説教の中で、イエスは今まで難しいと思っていた旧約聖書を分かりやすく説き明かされました。そして、次のように締めくくられました。「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」(マタイ7:12)。これが積極的な行動を促すイエスの「黄金律」です。

 ディスカッションのためのテーマ
① ヨナのように、自分にとって接しがたい相手はいませんか。その理由とそれを克服するために何ができるか考えてみましょう。
② 「愛の章」と呼ばれるIコリント13章の中で、心に響く言葉があれば分かち合ってください。
③ 安息日に教会(他の教会に訪問した時)に来て、「寂しいな」と思ったことはありませんか。その同じ思いを他の人にさせないようにするため、どうしたらいいか考えてみましょう。