第11課 平本光

2016年 第4期 ヨブ記

第11課 嵐の中から

はじめに 
 ヨブは時間をかけて神に語りかけ、神について語る経験をしています。神に叫んで答えを得ようとしています。このように私たちは答えを得ようと求めているでしょうか。求める人に神は語りかけ、人の限界を考えさせてくださり、そこから人は悔い改め、正しくされたいと願い、神に忠実に従ってその歩みが祝福されるのです。

日曜日  嵐の中から
 ヨブと友人たちの対話やエリフとの対話の後で神は嵐の中から突然話しかけておられます。ヨブの注意を確実に引くような非常に効果的な形で神はご自身をあらわされています。神が語られるとき注意して耳を傾けることが必要です。神が人に語られた機会はこのときだけではありません。「最初に記録された神と人との対話は『あなたはどこにいるのか』(創世記3:9)でした。神はアダムたちの所在を尋ねていたわけではありません。創造主にとって、人の所在は周知のことです。神との心の位置関係を問いただしておられるのです。彼らは神から離れていました。人が人として創造されたのは、神から離れているためではなく、神との親密な関係を持つためです」(副読本74頁)。私たちの神は、私たちと親しく交わられる神であり、近くにいてくださり信頼できる確信を得させてくださいます。

月曜日  神の質問
 神からの質問は私たちが自分の状況について考え、自分自身を見つめ、問題に取り組み適正な答えを出すうえで効果的な方法です。また神の問いかけはヨブへの譴責です。ヨブは自分に非難されるところがないのに苦しめられている、と神が自分の敵になっていたと表明し、神について他の人を混乱させていました。神はヨブを啓発して、彼の無知を知らしめるだけでなく、質問する神とはどのような方か指し示しています。

火曜日  創造主としての主
 神はヨブに天地創造のときにどこにいたのかと問われます。天地創造の不思議な業や神秘について、人には答えることができない質問によって、ヨブに創造主の力を現されています。ヨブはこれらの質問を通して神の創られた世界についてごくわずかしか理解できていないことに気づかされます。被造物について理解できていないのであれば、創造主についてどれほど理解することができるでしょうか。神はご自分をヨブと比較されていますが、神と比較したら、いったい私たちは何者なのでしょうか。比べられない程に違うお方である、この神がそば近くにいてくださるだけでなく、私たちを救い、神との永遠の交わりという希望を与えてくださるのです。

水曜日  賢者の知恵
 様々な研究分野において私たちが知らないことの方が多い状態です。神の質問に対してヨブは、神を全く知らなかったと認めています。「科学は、いろいろな意味で、神の被造物のすばらしさや神秘を取り除くどころか、一層それを魅力あるものとし、これまでの世代が知らなかった自然界の深遠さや複雑さを明らかにしてきました」(ガイド78頁)。私が地元中学校に通っているとき理科の教師から「いろんな研究が進歩する中で私は進化論だけで世界を説明することは出来無いという考えに至っている」という話をされたことを印象深く覚えています。科学を通して神の御業が明らかにされていくなら幸いです。

木曜日  塵と灰の上での悔い改め
 神との出会いを体験した誠実な人はすべて、主のみ前で、魂の貧しさ、謙遜さを示すようです。イザヤが礼拝の光景を幻の中で見せられ、おのれの穢れを告白せざるを得なかったように、ヨブも神との対話を通して、悔い改め、自分の無知のみならず、神のみ前ではことごとく罪にけがれていると認めています。私たちは本質的に罪によって傷ついた関係なので神とも周りの人とも対立してしまう存在です。誰も自分自身を救えませんし、誰も神の前に好意を得るに値する十分な良い業を行うことができません。しかし、ヨブが経験したすべてのことにも関わらず、ヨブは忠実であったように神の霊によって忠実に生きていくことができるのです。