第13課 安河内アキラ

2016年 第4期 ヨブ記

第13課 ヨブの品性

今週の聖句 ヨブ記1:1、8、ヨブ記29:8 ~ 17、ヨブ記31:1~ 23、出エジプト20:17、マタイ7:22 ~ 27、マタイ5:16、エフェソ3:10

今週の研究   ヨブはどのような人だったのでしょうか。私たちは自分の人生を生きるうえで、彼の生き方から、私たちを一層忠実な主の弟子とするのに役立つどのようなことを学べるでしょうか。

日曜日:彼はいかに善良であり、いかに忠実だったのでしょうか。第一に聖書は、彼が「無む垢く」であったと述べています。この言葉は、必ずしもイエスのように「罪がない」という意味ではありません。そうではなく、この言葉に伴う概念は、相対的な意味での完全、高潔、誠実などです。神の目に「無垢」な人とは、その時々において天がその人に期待する成長の度合いに達している人のことです
 第二に聖書は、彼が「正し」かったと述べています。この言葉は、「真っ直ぐ」「一貫した」「公正な」などを意味します。ヨブは、「善良な市民」と呼ばれうるような生き方をしていました。
 第三に聖書は、彼が「神を畏れ」ていたと述べています。旧約聖書は、「神 を畏れる」という概念を忠実なイスラエル人であることの特徴の一つとして用いていますが、この同じ語句は新約聖書において、イスラエルの神に忠実に仕える異邦人に対しても用いられています(使徒10:2、22参照)。
 最後に、ヨブは悪を「避けてい(まし)た」。ヨブのこの特性は、主御自身によってお墨付きを与えられています。主がサタンに、「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている」(ヨブ1:8)と言われたからです。
 結局のところ、ヨブは彼の生きざまによって信仰を明らかにした神の人でした。人がキリストにおいてどのようになりえるかについて、彼は「天使にも人にも」(Ⅰコリ4:9)誠実にあかしをしま した。

水曜日:ヨブ記31:24~34を読んでください。ヨブは、自分の信仰をしっかり生きた人、その働きによって彼と神との関係の現実を明らかにしていた人でした。言うまでもなく、このことが、「なぜこんなことが私に起こっているのか」という彼の不平を一層苦いものにしました。そしてもちろん、このことが彼の友人たちの議論を空しく、無価値なものにしました。
 しかし、ヨブの忠実で従順な生き方から私たちが学ぶことのできるもっと深く、重要なメッセージがあります。過去における彼の人生が、のちに彼を襲った悲劇に対する応じ方と深く密接につながっていることに注目してください。ヨブが「神を呪って、死ぬ」(ヨブ2:9)ことを拒んだのは、偶然でも、幸運でも、強い意志の力によってでもありませんでした。そうではなく、神に忠実であり、従順であった歳月が、このようなことが起きても主を信頼する信仰と品性を彼に与えたからでした。

木曜日:マタイ5:16を読んでください。ヨブ記における重要な問題は、「ヨブは忠実であり続けるだろうか」というものでした。サタンは「否」と言い、神は「しかり」と言われました。そしてヨブが忠実であり続けたことは、少なくともサタンとのこの戦いにおいて、間違いなく神を有利な立場にしました。
 しかしこの物語は、より大きな問題の一つの縮図にすぎません。第一天使のメッセージは、一つには、「その〔神の〕栄光をたたえなさい」(黙14:7)と私たちに告げており、マタイ5:16においてイエスは、私たちが立派な行いによって神に栄光を帰すことができる、と説明なさいました。これがヨブのしたことであり、これが私たちにもできることです。

 ヨブにとって突然家族や財産を失うことは、善と悪との大争闘の中で何が起こっていたかは別にして、降って湧いた災難でしかありませんでした。このような時であってもヨブは神さまに忠実でいることができるか、それを試すのが神さまとサタンとの問題でした。
 今週の学びで、最も心が響いたのは水曜日の学びにおいて、試練にヨブが勝利できた秘訣が書かれています。それは「神に忠実であり、従順であった歳月が、このようなことが起きても主を信頼する信仰と品性を彼に与えたからでした。」とあります。大きなことに備えるために何か特別なことをするのではなく、毎日の忠実に信仰の歩みを進めて行く、これがこれから起こるであろう人生の荒波への最も 大切な備えなのです。そしてそれは再臨に向けての備えでもあるのです。

 クリスマスが近づきました。わたしが今年クリスマスに関して出会ったことですが、クリスマスイブのイブとはどんな意味があるのでしょう。イブに大さわぎ・・・?などということもあり、あまりイブという響きが好きではなかったので考えたことがありませんでした。けれどもふとなぜイブと言うのだろうと調べてみました。するとイブは、英語のイブニングの略なんですね。イブニングは夜という意味なので、クリスマスの夜ということになります。
 ここで聖書をお読みの方は気づかれましたか?聖書の時代の一日は夕方から始まっています。つまりクリスマスイブは前夜祭ではなく、クリスマスの夜なんです。こんなことに今年気づきました。