第14課 聴覚しょうがい者用:浦島智加男

2016年 第4期  ヨブ記

第14課 ヨブ記からの教訓(きょうくん)

1.初めに
 ヨブ記は42章(しょう)もあるので、章を追(お)って全体(ぜんたい)を学ぶことはできませんでした。ガイドを書かれた先生も、まだまだ学ぶべきことは沢山(たくさん)残っていると言っておられます。しかし、すべての人間に襲(おそ)いかかってくる苦難(くなん)の問題(もんだい)、しかも神様を知って義人(ぎじん)とされているクリスチャンでさえ、自分や家族友人に起(おこ)ってくるこの苦しみは、み言葉(ことば)によってその理由(りゆう)が教えられても合点(がってん)(うなずく、承知(しょうち)する)がいかない問題(もんだい)でもあります。
 今回のガイドの学びによって、義人の苦しみの中に神様の「裁(さば)き」より「恵(めぐ)み」を見るようにしむけられたように思います。

2.12月25日(日) 見えるものによらず、信仰(しんこう)によって
 私たちが受ける苦しみは、私が犯(おか)した罪に対する神様の「裁(さば)き」としての意味(いみ)を持っている場合(ばあい)があります。例(たと)えば、タバコは体によくないと分(わ)かっていても、吸(す)い続けるなら肺(はい)がんなどの病気になります。ヨブの友人たちはこの点(てん)に目をつけて、ヨブが何か大きな罪を犯(おか)しているのだから、その罪を認め、神の前に悔(く)い改(あらた)めるべきだと、責(せ)め立てました。
 しかし、へブル書12章にあるように、苦しみは神様が訓練(くんれん)としてクリスチャンに与えて、その結果(けっか)、神の清(きよ)さに近づけるための意味(いみ)もあると、エリフという若者(わかもの)が述(の)べました。
 それとは別に、聖書はこれらを超(こ)えた苦しみがあることを教えています。それは、イエス様によって罪が赦(ゆる)され信仰によって義人(ぎじん)とされたゆえに受ける苦しみです。
 ヨブは、自分の罪人(つみびと)であるという自覚(じかく)がありましたから、祭壇(さいだん)を作って犠牲(ぎせい)をささげ、それによって罪が許(ゆる)される「古い契約」によって、神の前にクリスチャンと同じ信仰による義認(ぎにん)をうけ、神のしもべとして神様との交(まじ)わりを楽しんでいました。
 この関係(かんけい)を、ねたんでいた存在(そんざい)がありました。サタンです。サタンは、このヨブと主(しゅ)の関係(かんけい)を壊(こわ)したかったのです。ですから、サタンは、あなたがヨブを幸福にしているから、ヨブは、あなたとの関係を持(も)てているに過(す)ぎない、ヨブから幸福になっているものをすべてはぎ取ったら、主とヨブの関係はきっと壊(こわ)れるに違いない、とサタンは神様に挑戦(ちょうせん)(戦(たたか)いをしかける)してきました。
 私たちの見えないところで、起(お)きている、サタンと神様の大争闘(だいそうとう)に人間も無関係(むかんけい)ではおられないという聖書の教えです。

3.12月26日(月) 邪悪(じゃあく)(ひねくれていて悪い)な存在(そんざい)
 ヨブは、サタンが神様に挑戦(ちょうせん)してきたことは、全(まった)く知りませんでした。ヨブは、サタンという邪悪(じゃあく)な存在がいることは、知っていたでしょうか。私たちは、新約時代に生きていて、どのようにして神様に敵対(てきたい)するこのような存在(そんざい)が生まれて、絶(た)えず神様とそれに従う天使や人間に敵対し続けているサタンを知っています。
 しかし、神様があらゆる存在(そんざい)のために、この宇宙(うちゅう)全体(ぜんたい)を愛の世界に造(つく)りかえるというご計画(けいかく)は、サタンがどんなに破壊(はかい)しようと挑戦(ちょうせん)しても、成功することはありません。
 26章には『人間を飲(の)み込(こ)む「海」』「ラハブ」「逃げる大蛇(だいじゃ)」、40章には「ベへモット」「レビヤタン」など、神の民を悩(なや)ます邪悪(じゃあく)な存在が描(えが)かれています。しかし、神は最後(さいご)にはそれらを滅(ほろ)ぼされると書いてあります。
 ヨブが、大争闘(だいそうとう)に巻(ま)き込(こ)まれて、一時(いちじ)は財産(ざいさん)、家族(かぞく)を失(うしな)い、ひどい病気になりましたが、信仰の忠実(ちゅうじつ)を失(うしな)わなかったヨブが、また愛と平和をとりもどしたように、神は、必ず勝利して邪悪な存在をくだかれ、大争闘に幕(まく)を引かれます。

4.12月27日(火)このような友人たちと
 ヨブの友人たちの「因果応報(いんがおうほう)」(人の行いの善悪(ぜんあく)に応(こた)えて報(むく)いのある)という、人間を裁(さば)かれる真理の一面(いちめん)だけで、ヨブを議論(ぎろん)で責(せ)め立てました。ヨブと神様の契約関係(けいやくかんけい)を知(し)らずにいて、ヨブからもうそれ以上に話(はな)さず黙(だま)っていてくれ、あなた達は「能無(のうな)しの医者だ」と言われ、彼らがヨブを慰(なぐさ)め、励(はげ)ましに来たこの期間は、無駄(むだ)のように見えました。 
 神様が彼らの間に立って下さり、ヨブにならって、祭壇(さいだん)に犠牲(ぎせい)を捧(ささ)げて神様との契約関係を作り出すことを学(まな)んで帰りました。信仰ある人と交わることは、本当に有益(ゆうえき)ですね。

5.12月28日(水) 茨(いばら)とあざみ以上(いじょう)のもの
 アダムとエバが、神様の言いつけに背(そむ)いて「罪」を得(え)、それ以来(いらい)人類(じんるい)の歴史の中に「苦しみ」が入(はい)り込(こ)み、男は生きるためには「汗付(あせつ)きのパン」(創世記(そうせいき)3:19)を食べなくてはならなくなりました。どんなに働いても茨(いばら)やあざみなどの障害物(しょうがいぶつ)に悩(なや)まされます。女も、結婚式や出産などめでたい出来事(できごと)なのに、生理的(せいりてき)な苦痛(くつう)、子育(そだ)ての困難(こんなん)が伴(ともな)います。
 どの時代にも、貧困(ひんこん)、格差(かくさ)、いじめ、戦争などが人間を苦しめてきました。しかし、神様を知り、イエス様に救われてからは、それらが罪の結果(けっか)であり、主(しゅ)にあって耐(た)え忍(しの)ぶことの中に意味(いみ)があり、そしてそれはこの世(よ)において、意味が分からなくても神様がこれらを取り去って下さる日が訪(おとず)れることを知ることが出来ました。
 この希望をいただいてからは、「苦しみ」が耐えられるものに変えられたことを感謝しましょう

6.12月29日 (木) イエスとヨブ
 ヨブの苦しみは、私たちの想像(そうぞう)を超(こ)えています。ヨブの苦しみは、周囲(しゅうい)の人に少しは何(なん)らかの印象(いんしょう)と影響(えいきょう)を残したでしょうが、あくまでも個人的(こじんてき)なものでした。
 しかし、イエス様の苦しみは、私たちの想像を絶(ぜっ)しています。イエス様の苦難(くなん)は、その頂点(ちょうてん)である十字架に向(む)かっていきます。それは、人間の救いを成(な)し遂(と)げられただけではなく、サタンの反逆(はんぎゃく)と、人間が罪に落ちたことによって、危機(きき)に瀕(ひん)して(こわれかけている)いた宇宙全体(うちゅうぜんたい)を立て直(なお)すための苦しみでした。
 ヨブ記を学んで、ヨブに与えられた苦しみを通して、主のご計画(けいかく)の深さ、高さ、広さを知ることが出来ました。パウロと共に「神を愛する者たち、つまり、御計画(おけいかく)に従って召された者たちには、万事(ばんじ)が益(えき)となるように共(とも)に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ 8:28)と告白(こくはく)するようになりました。
 ヨブ42:2にあるように「あなたは全能(ぜんのう)であり/御旨(みむね)の成就(じょうじゅ)を妨(さまた)げることはできないと悟(さと)りました。」と同じ告白(こくはく)です。
 ヨブのような、苦しみを味(あじ)わったことのない私たちが、ヨブと同じ告白(こくはく)ができるのは、 キリストの苦難(くなん)によって示された神の愛が私たちのものになっているからです。
 ◎今年1年間ガイドのポイントをお読みいただきまして有難うございました。小河澄男(三育関町教会)