第3課 聴覚しょうがい者用:山路俊晴

2016年 第4期  ヨブ記

第3課 「利益もないのに神を敬うでしようか」

 今週はヨブ記1章と2章に書かれてある、神様とサタンとの闘(たたか)いについて学びます。神様に忠実(ちゅうじつ)な信仰を持っているヨブという人が、2度にわたってサタンより攻撃(こうげき)を受けました。ヨブの信仰の心が変わるように苦しみが与えられました。しかし、結果は神様がおっしゃった通り、ヨブの信仰は変わりませんでした。今から実際(じっさい)何がどうしたのかをくわしく学びます。大切なことは、聖書に書かれている出来事(できごと)を知ることではなく、ヨブのようにどのようなときにでも、神様への信仰を失(うしな)わない生き方を学ぶことです。神様は、これからはサタンからの攻撃をたくさん受けて、苦しい時代を迎えるとおっしゃっています。今のうちにしっかりした信仰を育てておきなさいと私たちに語(かた)っておられます。信仰をしっかり持ち続けたヨブのようになりたいものです。どんなときでも神様を信じますと言えるようになりましょう。

2.「神の僕(しもべ)、ヨブ」 9日(日)
 サタンは、ヨブも神様もおかしいといいます。ヨブの神様への信仰は、神様からたくさんお金や物をもらったからだと主張(しゅちょう)します。確(たし)かに、ヨブはその地方で一番のお金持ちとなっていました。今週のガイドの題(だい)となっているサタンの言葉は「利益もないのに神を敬(うやま)うでしょうか」です。日本にはご利益(りやく)宗教という言葉があります。神様を信じると良いことがある。得(とく)をする。たくさん神様にささげると、たくさん良いこと(ご利益(りやく))があると信じる信仰です。ヨブは神様からお金持ちにしていただいているので神様を信じているのだ。ヨブの信仰はご利益信仰だと言います。そのうえに神様にくってかかりました。神様、あんただってたくさんの物や祝福で人間から信じてもらおうとしている。もし違うというなら、ヨブから財産や家族をとってみなさい。ヨブの信仰なんか消えて、神様を呪(のろ)うようになるからと主張(しゅちょう)しました。神様の許可のもとで、実際にサタンはヨブから全財産や家族をうばってしまいました。しかし、ヨブの信仰はかわることはありませんでした。

3.「皮には皮を――戦いは続く」 10日(月)
 神様とサタンとの争(あらそ)いは第2ラウンドに入りました。1回戦目でサタンは敗北(はいぼく)しました。自分が主張(しゅちょう)したように、ヨブは貧乏になっても信仰を捨てなかったからです。今回は、ヨブの持ち物でなく、ヨブ自身の健康を取ってしまえば、彼はきっと信仰を捨ててしまうと主張しました。神様はサタンがヨブの体を攻撃(こうげき)することを許しました。聖書には「頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病(ひふびょう)」となり、ヨブは体中(からだじゅう)を植木鉢(うえきばち)のかけらのようなものでかきむしって、灰(はい)をかぶって苦しんだと書かれています。しかし、ヨブは神様への信仰を守りとおしました。またもや神様が勝利をおさめました。

4.「主のみ名はほめたたえられよ』 11日(火)
 ヨブは最悪(さいあく)の状態(じょうたい)の中で言いました。「主のみ名はほめたたえられよ」と。ヨブのすばらしさは、どのような時にも、神様をほめたたえたことです。神様から祝福され、たくさんの財産や家族、健康が与えられていた時から、すべてを失い、孤独(こどく)で貧乏な病人にまで落ちぶれた時にも、神様を信じ続けました。なぜそんなことができたのでしょうか。それは、ヨブの心が直接(ちょくせつ)神様とつながっていたからです。心の目がいつも神様を見ていたのです。わたしたちは、心が毎日の生活や仕事のこと、食べ物や着るもののこと、そして、周(まわ)りにいる家族や友達などの人間関係のことでいっぱいになってしまいます。すべてが神様のものであり、神様が与えてくださっていることを忘れてしまいます。いつのまにか、神様ぬきの心配や悩みに支配(しはい)されています。喜びも含めてです。いつでも、どんなときにも、神様がすべてを与え、導き、私たちの命を支えてくださっていることを忘れないようにしたいものです。良い時も、悪い時も、神様に感謝して、賛美をささげる信仰を日ごろから神様に養(やしな)っていただきましょう。

5.「ヨブの妻」 12日(水)
 ヨブの奥さんが少しだけ登場(とうじょう)します。(ヨブ記2:9,10)10人の子供を同時に失い、大切な家や家具(かぐ)すべてを失い、頼(たよ)りのご主人が重病人(じゅうびょうにん)となった彼女を想像(そうぞう)すると、心が痛みます。そんな苦しむ彼女にサタンは働き、一番苦しんでいるヨブの信仰を攻撃(こうげき)しました。「どこまでも無垢(むく)(神様に誠実(せいじつ))でいるのですか。神を呪(のろ)って、死ぬ方がましでしょう」と奥さんに言わせました。身近で信頼している人からの言葉は、心に大きな影響を与えます。しかし、この時も、ヨブの神様への心は変わりませんでした。なんと、「神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」と言い切ったのでした。なんと素晴(すば)らしい信仰なのでしょうか。ヨブの信仰は、彼がとてもまじめで、意思の固い人であったから持つことができたのではありません。だれでも、神様と毎日きちんと交(まじ)わっているならば、神様から与えられる信仰なのです。わたしたちも、いただくことができます。

6.「死に至るまでの従順(じゅうじゅん)」 13日(木)
 イエス様は黙示録(もくしろく)の中で「死に至るまで忠実(ちゅうじつ)であれ。」(黙示録2:10)と言われました。イエス様ご自(じ)身(しん)が十字架の死に至るまで、神様に忠実な信仰を持ち通されました。ヨブはイエス様の信仰の姿をわたしたちに示しています。サタンに殺されはしませんでしたが、彼を襲(おそ)った苦しみの中で、言葉でも、行動(こうどう)でも罪を犯して神様を裏切(うらぎ)ることをしませんでした。神様にしっかり頼って、心を神様から離さないとき、サタンはあきらめて攻撃を一時中止します。神様から心が離れるチャンスのときまで攻撃を待ちます。毎日神様と心をつなげて信仰生活を過(す)ごすことはなんと安全なことでしょうか。

7.神様の意図(いと)(お考え)について
 私たちは今期なぜ、ヨブ記を学ぶように神様はご計画なされたのでしょうか。深い意味がたくさんあると思いますが、その一つは、私たちがヨブの信仰を学び、身に着ける必要があるからだと思われます。ヨブと同じように、私たちも神様とサタンとの戦いに巻き込まれています。これから、サタンからの個人攻撃が激(はげ)しくなることは確(たし)かです。神様への信仰をイエス様やヨブのように持ち続けていけるようにならなければなりません。どのようなときでも神様に忠実である信仰は、決して奇跡的(きせきてき)にある日突然(とつぜん)与えられるものではありません。毎日、神様から訓練していただきながら、育てていかなければ持てない信仰です。今期は、このような信仰を私たちが神様の前で持つための学びです。祈りをもって、神様の導きに従ってまいりましょう。