第6課 青年用:柴田 寛

2016年 第4期 ヨブ記

第6課 呪いは原因不明なのか
青年用:柴田 寛

 今週のポイント
① 今週のタイトルは、「理由のない呪いが襲うことはない」(箴言26:2)というみ言葉から来ています。ヨブの苦しみは「因果応報」、ヨブにその原因がある!と言いたいわけです。
② 友人エリファズの語っている内容は、「人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになる」(ガラテヤ6:7)というみ言葉の内容と同じに聞こえます。これも真実ですが、全てではありません。エリファズの視点は表面的であり、彼の結論はあまりに性急です。
③ テキスト44頁の下から7行目にある3つの聖句の特に1コリント4:5を読んでみましょう。この世は、私たちが考えている以上に複雑であり、目に見えることよりもはるかに多くのことが、目に見えないところで起きていることを暗示しています。それが今期くりかえし出て来る「善と悪との大争闘」です。私たちが直面するすべての出来事は、善(神)と悪(サタン)の間のやりとりと、密接に関係している、という視点を持ちましょう。
④ いくら聖書的で正しいことの主張であっても、そこに愛や思いやりがなければ、知らず知らずのうちに、相手を罪へと誘う者、すなわち「サタンの手先」となってしまう恐れがあります。
⑤ エリファズの態度は、イエスに対する律法学者やファリサイ派の人々の態度と共通します。忠実であること、信心深くあることにとらわれるあまり、主が安息日になさった病人の癒しを喜ばず、むしろ怒りました。マタイ23:23でキリストは、律法をないがしろにして良いとは決して言われていません(読んで確認しましょう)。でも、いくら忠実に什一を捧げても、そこに愛や思いやりがなければ、あなたは「偽善者」なのです。

 用語解説
① 「薄荷、いのんど、茴香」(マタイ23:23)は、薬味、香辛料の一種。薬品や食品の香り付けなど、薬用、食用に使われた。当時、宮に納める風習があった。

 ディスカッションのためのテーマ
① マタイ9:13と、マタイ12:7を読んで、分かち合ってみましょう。
② 神学的正しさに固執するあまり、無神経に振る舞ってしまう(傷に塩をぬるようなことを言ってしまう)友人エリファズの例から、私たちも同じように無神経なことをしたり言ったりしていないか、話し合ってみましょう。(ヨブ記4:1〜11参照)
③ あなたの友人が今、助言を必要としているのか、同情を必要としているのかを見分ける良い方法があるでしょうか?話し合ってみましょう。