第10課 安河内アキラ

2017年 第1期 聖霊と霊性

第10課 聖霊、御言葉、祈り

今週の聖句  ヨハネ15:7、詩編66:18、ヤコブ1:6~8、Ⅰヨハネ5:14、15、使徒言行録2:38

今週の研究   真の霊性と祈りは、切り離せません。熱心な祈りなくして、真に霊的な生活はありません。悔い改めの必要に次いで、恐らく最も大きく、最も緊急な必要の一つは、祈りの生活のリバイバルです。ありがたいことに、祈りにおいても、私たちは聖霊の助けなく、置き去りにされることがありません。祈りは私たちを神に近づけ、神の御前に引き上げます。信仰の祈りは、私たちが神の豊かな約束を踏まえて生きられるようにします。
 私たちの霊的生活は、不安定な体験や主観的な感情の上に築くべきではありませんし、私たちの祈りは、怪しい黙想や瞑想の習慣に重点を置く必要もありません。むしろ私たちの霊性は、聖書に導かれ、御言葉の中に啓示されている神の御心に従う必要があります。私たちの内に、祈りによって神を尋ね求めたい、互いを高めたい、という願いを呼び起こしてくださるのは聖霊です。

月曜日:求めることは、私たちの願いを明らかにし、神への信頼をあらわします。私たちは、支えと助けを求める神に、祈りを通じて近づきます。神に求めるとき、私たちは神に、私たちのために行動を起こす許可を公に与えているのです。神は求められることを望んでおられます。神は、私たちが祈りの要求を御前に携えて行くことを願っておられます。もし私たちが神に求めなければ、私たちは、彼が約束なさった賜物を受けることがないでしょう。イエスは言われました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」(ルカ11:9、10)。
 しかし、私たちが求めているものを受け取るには、満たすべきいくつかの条件があります。もし私たちが自ら進んで神にすっかり服従しておらず、また私たちの要求が身勝手で罪深い欲望を反映したものにすぎないなら、神は私たちの祈りにお応えにならないでしょう(イザ59:1、2参照)。私たちの祈りがかなえられるための重要な条件は、神の御旨に従い、従順であろうとする私たちの意欲なのです。

火曜日:マルコ11:24を読んでください。求めるだけでは十分ではありません。私たちの祈りの中に存在すべき第二の重要な側面があります。それは信仰です。ヘブライ人への手紙には、「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」(同11:6)と書かれています。私たちが神の前にひざまずき、聖書の中の3000以上の約束のどれかを開いて、幼子の無邪気さでその約束の成就を神に願うとき、私たちは、神が私たちにとって最善のことを最善のときにしてくださる、と信じなければなりません。
 ヤコブ1:6~8を読んでください。もし私たちが神に近づくのであれば、私たちは、神が存在し、彼を尋ね求める者たちに報いてくださることを信じなければなりません。効果的な祈りには、神が祈りに応えることがおできになるという信仰だけでなく、神が聖なる御旨に従って応えてくださるという信仰が伴わなければならないのです。

木曜日:しかし、一つの大きな障害があります。私たち自身です。なぜなら、私たちが聖霊を受ける準備ができていないからです。新約聖書の教会のように、私たちはまず悔い改め、自分の人生をイエスにすっかり服従させる必要があることを自覚しなければなりません。私たちをそうさせるのは、聖霊の促しなのです。
 しかし、私たちが聖霊の促しに応答するとき、罪に対する悔い改めが、私たちの生活の中に聖霊の働きの最初の実として生じます。謙虚に信仰を持って、私たちは自分の罪を告白する必要があります。それによって、聖霊が私たちをあらゆる不義から清めることがおできになるからです。私たちは、自分がどれほど堕落しており、どれほど神と神の恵みを必要としているかを理解する必要があります。聖霊がおられなければ、私たちは罪の中に失われ、かつ死んでおり、永遠の死を運命づけられているのです。

 今週は、聖霊と祈りの密接な関係について学びます。今期の学びで聖霊は、わたしたちに神さまのみこころを気づかせて、導きを与えてくださいます。その光に対して、次にどうするかを考えて決断して行動するのはわたしたちのするべきことなのです。そして前に進むときに、また聖霊は光を与えてくれるのです。神さまとわたしたちの関係は、このサイクルで動いています。この中で大きな役割をしているのが祈りです。
 祈ること、それは相手を信頼していなかったらできません。そして最善のものを与えてくださると信じているから祈ることができるのではないでしょうか。月曜日の引用文で「私たちの祈りがかなえられるための重要な条件は、神の御旨に従い、従順であろうとする私たちの意欲なのです。」 また火曜日の引用文では「神が聖なる御旨に従って応えてくださるという信仰が伴わなければならないのです。」 木曜日の引用文では「私たちが聖霊を受ける準備ができていないからです。たちはまず悔い改め、自分の人生をイエスにすっかり服従させる必要がある・・・」と教えられています。祈りとともに、従順、信仰、悔い改めがなされるように聖霊は働いてくださるのです。