第11課 聴覚しょうがい者用:島田隼人

2017年 第1期  聖霊と霊性

第11課 聖霊を悲しませ、聖霊に逆らう

1.今週のテーマ
 誰かを悲しませたこと、または誰かに逆らったことはありますか? やってはいけないことをして愛する家族や友人を悲しませたことや、親の忠告に逆らって大きな失敗を経験された方は多いのではないでしょうか。では、なぜ誰かを悲しませたり、逆らったりしてしまうのでしょうか。そこには、神さまが私たちに与えられた「自由意志」があります。愛の神さまは、私たちに「愛するか、愛さないか」、「従うか、逆らうか」、「喜ばせるか、悲しませるか」などの選択を与えてくださいました。選ぶのは私たちなのです。そして、聖霊は私たちを神さまの愛へ、イエスさまに従う者へ、そして喜びへと導いてくださいます。今週は、この聖霊を悲しませること、聖霊に逆らうことについて学びます。

2.聖霊に逆らう(日)
 私たちはどのような気持ちで何かに逆らうのでしょうか。そこには「自分の考えの方が正しい、自分はそうは思わない」という気持ちがあるのではないでしょうか。
 このようなことを聞いたことがあります。罪は英語で「SIN」と言います。罪の中心的問題は、SIN の中心(真ん中)にある「I」だというのです。つまり、神さまのかわりに、自分(I)が中心(一番)になった時に、私たちは聖霊(神さま)に逆らうのです。

「私たちは今日、神の御言葉に逆らい、神の預言者たちのメッセージに耳を傾けないときに、聖霊に逆らうのです。」(ガイド p.75 の4段落目)

 自分の言葉や考えではなく、聖霊が導いてくださる神の御言葉に従うこと、そして神さまが預言者を通して語られた言葉に耳を傾けるように聖霊は導いてくださっています。

3.聖霊を悲しませる その1(月)、聖霊を悲しませる その2(火)
 聖霊は私たちを聖なる者へと導きます。しかし、私たちはその導きに従わないという選択も与えられています。私たちが聖霊の愛の招きを拒む時に、聖霊は悲しむのです。
「聖霊を悲しませるというのは、人を聖めるその御臨在と人生を変えるその力を拒絶することを意味します。なぜなら、私たちが故意に罪を犯し続けるからです。」(ガイド p.76の3段落目)
 悪いと知っていながらも罪を犯し続ける選択をした時に、聖霊は悲しみます。では、なぜ聖霊は私たちのような罪人のために悲しまれるのでしょうか。それは、私たちを愛し、関心を持っておられるからです。愛する者が悪いことをした時に、私たちは悲しみます。そして、心配します。同じように聖霊も私たちが罪を犯した時に悲しみ、心配してくださるのかもしれません。

4.聖霊を消す(水)、 聖霊に対する冒涜(木)
 聖霊は私たちに二つの重要なことをしてくださいます。
① 罪とは何かを教えてくれます。
② その罪に打ち勝つ「力」を与えてくれます。
私たちが聖霊に逆らって聖霊を消す時に、これらの二つは私たちから消えてしまうのです。聖霊を消さないために、私たちには神さまの御言葉(聖書)が必要です。
 聖霊に対する冒涜(ぼうとく)とは、罪から救ってくださるイエス・キリストを拒むことです。イエス・キリストを「知らない」と言うこと、または「愛していない」と言うことなのかもしれません。つまり、自分には救いや恵みを与えてくださるイエス・キリストは必要ないと選択することが聖霊に対する冒涜なのです。

5.さらなる研究(金)
 「神が赦すことのおできにならない人間が1人だけいます。それは、赦しを求めてイエスのもとへ行くことを頑固(がんこ)に拒む人です。」(ガイド p.80の2段落目)
 私たちは日々キリストの赦しを求めて、十字架の下に集う者となりたいと思います。聖霊は私たちを呼んでおられます。この呼びかけに応えるか否かは、私たち一人一人に委ねられているのです。聖霊の導きに応えて、平安を与えてくださるキリストのもとへと帰りたいと思います。