第6課 山口 豊

2017年 第1期 聖霊と霊性

第6課 聖霊と聖い生活

 聖い生活とは何を指すのでしょうか。律法を犯さないように、気をつけながら過ごす生活でしょうか。徳を積むために善行に励む生活でしょうか。聖化を考えるときに、何をするのかではなくて、目指すものは何かを考えてみるのはどうでしょう。

今週のポイント
1.神の聖さ、聖の性質を理解する。(日曜日、月曜日)
 神の聖さは、神のご性質と完全に結びついている。
 純潔さと道徳的完全さを表している。――神が罪から全く離れていて、神ご自身が象徴する善の追求に全力をつくしている。神は御自分が聖なので聖になろうとしなくてよいが、聖でないわたしたちは、神の性質を表すために完全に献身する必要がある。
 不完全である私たちが聖であることができるのか。――聖さは、神の賜物であるとともに神の命令です。聖霊から、自分の罪を気付かされることがあっても、自分は罪人だと諦めるのではなく、聖い方からの招きであり、その招きに応じ続けるのが聖化の歩みです。その歩みを続けたいと思い続ける者は、聖なる者と呼ばれるのです。

2.どうすれば聖化の歩みを続けることができるのか。(火曜日、水曜日、木曜日)
  ガラテヤ5:16、17 ヘブライ12:1、2
 自分の勝利や、失敗に目を向けすぎないで、目指すものを目標にする。
 律法を守ることで救われるわけではないのに、なぜ律法を守るのか。律法は、神のご性質のあらわれなので、神が愛である事を表している律法を行うことで、私たちもその性質を表すことができるようになります。
 神と祈り、交わり、祝福をいただいている時間がなければ、どんな人でも聖化の歩みを続けることはできません。自分の中に聖霊によってもたらされる、忍耐、愛、誠実、親切、善意、柔和、節制が見えないと思うのなら、神と祈り、交わり、祝福をいただく必要があります。

ディスカッションのテーマ
1.キリストのようになる、とはどんな状態だと思いますか。
 私たちはキリストのようになれますか。キリストはどんな方ですか。

2.律法を行うことで救われるわけではないのに、神はなぜ律法を守るように教えておられるのでしょう。
 律法は何を表していますか。私たちが表すものはなんですか。