第7課 聴覚しょうがい者用:英田恭司

2017年 第1期  聖霊と霊性

第7課 聖霊と霊の実

はじめに
 今週は、霊の実について学びます。また、霊の実と聖霊との関係についても学びます。パウロが書いたガラテヤの信徒への手紙には、聖霊の実の側面(表れ)が9つ挙げられています。新共同訳、口語訳、新改訳で見てみましょう。(ガラテヤ5:22-23)

霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和(にゅうわ)、節制
御霊の実は、愛、   喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制
御霊の実は、愛、   喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制
 三つの訳を並べました。違った言葉に訳しているところもありますが、もとの言葉(ギリシア語)は同じです。ガイドの中(火曜日)で「寛容」を「忍耐」として扱っていますが、これも同じ言葉を違って訳して考えているからです。また、「親切」を第一コリント13章の愛の章では、「情け深い」と訳しています。

 霊の導きと対立する肉の業を、ガラテヤの手紙は記録していますので参考に書いておきます。(ガラテヤ5:19-21)
「肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、酩酊(めいてい)、遊興(ゆうきょう)、そういった類のものです。・・・こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。」

1.霊の実は、一つ(月曜日:愛の実)
霊の導きによって信じる者に与えられる霊の実は、一つです。霊の働きによってクリスチャンには神の徳(品性)が与えられます。神の徳は第一に愛です。神は愛であると言われています。ですから、「霊の実は一つ、愛です」と言えるのかもしれません。神の愛はすべての善の土台であり、源なのです。

 しかし、愛には様々な側面があります。その側面をガラテヤの手紙では、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制と言い表しているのです。パウロはコリント信徒への手紙で愛について次のように述べています。(Ⅰコリント13:5-8)
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。」

2.霊の実と聖霊との関係(日曜日:豊かな実りの条件)
 「霊の実を手に入れるにはどうしたらよいのでしょうか?」これは私たちの率直な質問です。ガイドは、「霊の実は、キリストに従う者たちの中に聖霊によって生み出されるイエスの品性です」と解説しています。霊の実は、努力や意思の力によって手に入れるものではなく、聖霊によって生み出されるものなのです。

 聖霊の導きのもとに努力し、弱いが意思を働かせているうちに、霊の実は自然に生み出されていくのです。しかし私たち人間は、霊の導きよりも自分の努力や意思の力に頼る傾向にあります。
 人間的な努力や意思の力を働かせることによって、信心深い生活を手に入れることがあるかもしれません。しかし、それは偽物です。
霊に満たされた人生から生まれた信心深い生活とは異なっています。本物の信心深い生活は、霊の働きから生まれてくるものなのです。

 だからパウロは、ガラテヤの手紙の中で次のように言っています。
「 5:16 わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。

5:25 わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。」

 自分の努力や意思の力も、聖霊の導きのもとに置きましょう。

3.まとめ(金曜日:さらなる研究)
 ガイドに霊の実についてよくまとめられた引用文がありましたので、手を加えて記します。
「ガラテヤ5:22.23は、現代の言葉だと次のように読み替えることができる。『霊の結ぶ実とは、【愛】優しく好感の持てる性質、【喜び】明るい考えと陽気な気質、【平和】穏やかな心と静かな態度、【忍耐】挑発的な状況やしゃくにさわる人がいる中での我慢強い忍耐力、【親切】共感的な洞察力と気の利いた助け、【善意】度量(どりょう)の広い判断力と寛大な思いやり、【忠実】あらゆる状況における忠実さと信頼性、【柔和】他者の喜びのゆえに自己を忘れる謙遜さ、【自制】完成の最後のしるしである自己制御。霊の結ぶ実の品性とは、このようなものである。・・・それは、努力することによってではなく、つながることによって。気をもむことによってではなく、信頼することによって。行いによってではなく、信仰によって結ぶものである』」(S・チャドウィック)

話し合いましょう:ガイドを助けに霊の実の9つの要素について、考えましょう。