第9課 安河内アキラ

2017年 第1期 聖霊と霊性

第9課 聖霊と教会

今週の聖句   エフェソ1:22、23、Ⅰコリント12:13、ローマ6:3~7、使徒言行録17:11、エフェソ4:5、6、使徒言行録2:4~11

今週の研究   私たちは時折、聖霊が個人のレベルや信者個々の生活の中でだけ働くものと考えます。しかし、個人におけるそのような働きは、霊的共同体の基礎です。聖霊が最終的な責任を負っておられるのは、キリストの教会の存続です。
 霊的共同体とその交わりを生み出されるのは聖霊であり、その共同体は、信仰と行為のための権威として、霊感を受けて書かれた神の御言葉を持っています。霊感を受けた聖書は、教会の神学的一致の基礎です。聖霊の働きなくして、教会は存在しませんし、その一致した使命を果たしていくこともできません。

日曜日:エフェソ2:18、20~22、Ⅰペトロ2:6、7を読んでください。聖霊によって、私たちは父なる神に近づくことができます。イエスは岩、救いの土台であり、建物全体のほかの部分は、すべてその上に建てられるのです。個人レベルでの聖霊の働きは、次に信仰の共同体、つまり教会につながります。私たちがキリスト・イエスに対する信仰による救いを体験し、神の愛に触れていただいたとき、教会にはすばらしい「聖霊の交わり」(Ⅱコリ13:13)が生まれます。個々の信者は、「霊の働きによって」(エフェ2:22)神の新しい霊的家に組み込まれます。キリストに従う者として、私たちは熱心に、「平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように」(エフェ4:3)しなければなりません。妥協しえないことは妥協することなく、できる限りの方法で、私たちは信者の交わりの中に一致を追及する必要があります。

火曜日:使徒言行録17:11、ヨハネ5:39、46、47、8:31、32を読んでください。聖霊が私たちをキリストに結びつける主要な手段は、書かれた神の御言葉です。聖書は、イエスと神の御旨を知るための信頼できる情報源です。それゆえ、聖書を読み、その内容を暗記することがとても重要です。聖書は、霊的真理と誤りを見分けるための権威ある情報源です。パウロは、ベレアの人々を素直だと称賛しています(使徒17:11)。なぜなら彼らは、聞いたことが本当かどうかを知ろうとして、聖書を熱心に学び、調べていたからです。
 いかなる改革も霊的リバイバルも―それが私たち個人に影響するものであれ、教会という集団に影響するものであれ―、聖書に基づいていなければなりません。聖書は私たちの信仰を築く土台であり、同時に、イエスと聖書に対する愛は、私たちを結びつける接着剤なのです。

水曜日:私たちは、神の御言葉に従い、すべての人と平和を保てるようにあらゆることをしなさい(ローマ12:18)、と命じられていますが、結局のところ、教会という体として、神学的一致や目的の一致をもたらすことはできません。なぜなら、一致は、私たちが成し遂げる働きではなく、信者1人ひとりや教会全体に働きかける聖霊の賜物だからです。
 このような一致の神学的基礎は、神の御言葉です。書かれた御言葉なしに聖霊にだけ従おうとすれば、疑わしい教理や慣習をもたらします。同時に、聖霊なしに書かれた神の御言葉にだけ従おうとすれば、御言葉を干上がらせ、不毛にします。主は1人しかおられないのですから、信仰は一つしかなく、それが一つのバプテスマにつながるのです。神の御言葉に喜んで従うことによってしか、私たちは教会の中に一致を見ることができないでしょう。そして、もし信仰と教理における一致がなければ、宣教における一致もありません。

 教会の一致は、いろいろな場所で訴えられています。キリストのからだである教会が、それぞれ勝手な方向に向かって活動をしていたら、神さまのみこころである世界宣教は進まないでしょう。けれども一致という名目で、教会の中で声の大きい人が自分の想いを優先しようとしていることに、しばしば出会ったことがありますね。
 今期の学びで、聖霊が個人への働きかけをする時に、それぞれが応答することが重要であると教えられていますが、教会に関してはみことばを通して語られている教えを土台とするようにしっかりと教えられています。水曜日の学びに書かれていますが、一致もリバイバルもみことばを土台としなければ「疑わしい教理や慣習をもたらします」とあります。
 聖霊は、みことばを通して教会にも個人へも語りかけます。あなたの心に響いた言葉は、聖霊を通して語られています。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」(ルカ24:32) これエマオへ帰る途中でキリストと出会った弟子たちが語っている言葉です。みことばによって励まされることによって、神さまとの関係がますます深まって行くのです。