第1課 安河内アキラ

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」 ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

第1課 ペトロの人間性

今週の聖句  ルカ5:1~11、マタイ16:13~17、マタイ14:22~33、ルカ22:31~34、54~62、ガラテヤ2:9、11~14

今週の研究  最も重要なのは、ペトロが、誤りを犯すこと、赦されること、信仰と謙遜によって前進するとはどういうことなのかを知っていた点です。神の恵みを自ら体験したがゆえに、その同じ恵みを体験する必要のある私たち全員にとって、彼は力強い声であり続けています。

序 言:私たちは今期、ペトロの手紙ⅠとⅡを研究します。イエスの公生涯の中で最も重要なときを主とともに過ごした人の言葉を読んでいきます。ペトロはまた、初期のクリスチャンの間で重要な指導者になった人です。このような事実だけでも、彼の手紙は読む価値があるでしょう。しかし、これらの手紙が困難な時期の中にあった教会に向けて書かれたことを考えるなら、さらなる興味が加わります。それらの教会は、外からの迫害、偽教師の登場という内からの危機に直面していました。

月曜日:弟子たちからメシアとして認められるとすぐに、苦しみを受けて死なねばならないことを教え始められます(マタ16:21 ~23参照)。それはペトロにとって受け入れがたい考えでした。ペトロはイエスを「叱責」します。するとイエスは振り向いて、「サタン、引き下がれ」(同16:23)とペトロに言われました。それは、主が公生涯の中で言われた厳しい言葉の一つですが、ペトロを思っての言葉でした。ペトロの言葉は、彼の願望、彼が望む利己的な態度を反映していました。イエスは(実際にはサタンに向かって話しておられ、ペトロはサタンのメッセージを受けたのですが)、その場でペトロを制止しなければなりませんでした。主に仕えることには苦しみが伴うことを、ペトロは学ぶ必要がありました。この教訓を学んだことは、彼が後に書いていることの中で明らかです(Ⅰペト4:12参照)。

火曜日:「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」(マタ14:28)。なんという信仰の表明でしょう!
 すると、イエスはこの信仰を認めて、「来なさい」とペトロに言われ、彼はそのとおりにしました。それはペトロの信仰のさらなる表明でした。穏やかな水の上を歩くのも信仰の表明ではあったでしょうが、ペトロは嵐のさなかでそうしました。
 この物語のお決まりの教訓は、イエスから目を逸らすことに関する教訓です。しかし、ここにはそれ以上のものがあります。ペトロはイエスを心から信じていたに違いありません。さもなければ、このような願い事をして実行したりしなかったでしょう。しかし、ひとたび行動に移ると、彼は恐ろしくなってきて、その恐れの中で沈み始めました。
 なぜでしょうか。ペトロの恐れにもかかわらず、イエスは彼を沈まないようにおできにならなかったのでしょうか。しかしイエスは、ペトロが無力感の中で、「主よ、助けてください」(マタ14:30)と叫ぶ以外に何もできない状態になることをお許しになりました。それからイエスは手を伸ばし、ペトロが願ったことをされました。そのような体の接触なしにペトロを沈まないようにできたにもかかわらず、「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ(た)」(同14:31)という事実は、イエスに信頼することをどれほど身に付けねばならないかをペトロに気づかせるのに間違いなく役立ちました。
 私たちは主の力を信じ、強い信仰で物事を始めることができます。が、恐ろしい状況がやって来るとき、イエスがペトロに言われた言葉を思い出さねばなりません。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」(マタ14:31)。

水曜日:エレン・G・ホワイトによれば、ペトロの妥協と失敗はゲツセマネで始まりました。あのとき、彼は祈る代わりに眠ってしまい、これから起こることに霊的準備ができなかったからです。もしペトロが忠実に祈っていたなら、「彼は主をこばむようなことをしなかったであろう」(『希望への光』1050ページ、『各時代の希望』下巻211ページ)と、彼女は書いています。
 確かに、ペトロはひどい失敗をしました。しかし、彼の失敗が大きければ、神の恵みはさらに一層大きいのです。「罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました」(ロマ5:20)。ペトロを初代教会の重要な指導者の1人にしたのは、キリストの赦しでした。私たちすべての者にとって、神の恵みの現実に関する、なんと説得力のある教訓でしょう。私たちの失敗にもかかわらず、信仰において前進すべきだという、なんという教訓でしょうか!
 確かに、ペトロは赦されるということの意味を知っていました。福音がどのようなものであるかを、彼は直接体験して知っていました。彼が自分の人間的罪深さの現実だけでなく、罪人に対する神の愛と恵みの大きさと深さを味わったからです。

 今期はペトロの手紙について学びます。実際的な教えも多く、この書簡を何回も読んでいらっしゃる方も多いでしょうね。
 今期の学びをしながら念頭においていただきたいのは、序言から引用しましたが、この手紙がどのような時代に書かれたかを忘れないでください。急速に信者が増えて行った初代のキリスト教会が、ローマ帝国から危険視されて教会が迫害を受けていた時代に書かれていました。今日の日本や欧米では急速な右傾化が進んでいます。何かがきっかけとなり信教の自由が脅かされることになるかもしれません。
 また教会が全世界に発展して行く段階で、ユダヤの一地方の宗教だったキリスト教が、全世界のキリスト教となるために質的な変化も必要だったでしょう。またキリストと直接会ったり話しを聞いた人が少なくなり、第二世代に受け継がれて行った時代でもあります。そのような時にいろいろな誤謬も教会に入ってきたのでしょう。そのようなことは今日でも多くあります。
 このようなことを念頭にペトロは手紙を書いていることを考えながら学びを深めて行きましょう。
 今週はペテロの歩みを学びます。ペトロはキリストの弟子のリーダー格でもあり、また初代教会の重要な指導者でした。けれども水曜日の引用文にもありますが、多くの失敗をして赦されています。彼は赦していただいたからこそ、その恵みに感謝して一層キリストを愛して命をささげたのでした。罪深いわたしたちは残念ながら失敗をしてしまいます。けれども赦しを受けることで再び立ち上がって歩むことができるのです。ペトロが多くの人に愛されるのは、彼の活躍が神さまの赦しの約束のしるしだからではないでしょうか。