第10課 山口 豊

2017年 第2期  「わたしの羊を飼いなさい」 ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

なぜ、私たちクリスチャンは、聖書の言葉を神の言葉と信じているのでしょうか。聖書の言葉が神の言葉と受け取るためには、一人ひとりが神を知ることが必要です。ペテロは、自分の体験から聖書が神の言葉であることを証して教えています。

今週のポイント
1.なぜ聖書の言葉を神の言葉として受け取れるのか
 聖書がわかるためには、神がどんな方であるのかを知る必要があります。ペテロはそのために旧約聖書で預言されていたことが成就したことを挙げています。イエスが現れて、実際に語られたことにより、預言は成就しました。その成就を目の前で見ていたペテロは自信をもって神の言葉と教えています。私たちも聖書の言葉によって助けられたこと、神の存在を感じることができたことによって、神の言葉だと確信を得ることができるようになります。

2.自分の信仰に必要な言葉が与えられる。
 Ⅱペトロ1:19では、聖書の言葉を、暗い所をてらすともし火とされていて、夜が終わる明けの明星としてイエスをあらわしています。私たちはこの暗い罪の世界の中にあって、ともし火である聖書の言葉が与えられています。このともし火は、夜が終わるときにやってくる明けの明星を指し示します。聖書の言葉、神の言葉を学ぶことは、罪の世界から私たちを救ってくださるイエス・キリストをはっきりとさせます。そして、それは再臨についての神の救いのご計画についてはっきりと理解することにつながります。それが理解できると救いのご計画に含まれている人すべてにこの光を分け与えます。

3.聖書の言葉は生活の中に入り込む
 聖書の言葉が、私たちの救いに関係があるとしっかりと理解する時、それは信仰生活においても重要であるとわかります。教理を理解することは、キリストを中心にした、神のみ心と一致した生き方を私たちに示してくれます。そして、聖霊の導きに気づくことができるようになり、私たちの善悪の判断に導きを与えます。聖書の言葉は生活の中に入り込み、私たちの生活を通して、周りの人たちに、イエス・キリストとはどんな方かを伝えることができるようになります。

ディスカッションのテーマ
1.私たちが神を知るきっかけとなったことを思い出して、神を知ることと、聖書の言葉を受け入れることとの関係について話し合いましょう。

2.私たちの信仰生活のどのような場面が、神様を知らない人、イエス・キリストの救いについて知らない人に証ができるようになるのか考えましょう。