第10課 聴覚しょうがい者用:柳 鍾鉉

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」—ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

第10課          預言と聖書

暗唱聖句:II ペトロ1:19
こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。

★ 5つの中心ポイント

1、預言と預言者によるイエスに対する証言
ペトロは二つの書簡を通してイエスが旧約聖書に預言されている全人類の救いのためにこられたメシアであることを揺るがない確信をもって語っています。旧約聖書にはイエスについて二つの重要な真理、即ち、「キリストの苦難」と「それにつづく栄光」が明らかにされています。イエスによってなされた救いの業については天使たちさえも知りたいと願っている真理であり、わたしたちはさらに主のご再臨の栄光を待ち望んでいるのです。

2、第一目撃者による証言
使徒ペトロはイエスに選ばれた12弟子の中の核心メンバーに入られ、イエスがなさった不思議な業や奇跡を目撃しました。その中で、変貌の山でイエスの顔は輝き、その服は光のように白くなって彼ら(ペトロ、ヨハネ、ヤコブ)の前で変えられ、天から声が聞こえたのを目撃した経験はとても否定できないことだったに違いありません。ペトロはそのような経験を彼の手紙の中で強調しています。その光景はいつか天の栄光に包まれてやがて来られる主イエスのご再臨を表すものでした。「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(使徒言行録4:20)。

3、明けの明星であるイエス
IIペトロ1:19を読んでください。預言の言葉はいっそう確かなものとなっているので、ペトロは主にある人々に明けの明星であるイエスが彼らの心の中に昇るときまで留意する必要があると言う事を勧めています。明けの明星はイエス・キリストを指していまが、イエスが心の中に昇るとはどう意味でしょうか? それはイエスをキリストとしてしっかり個人的に捉えることであり、イエスをご自分の救い主として知ることによって結ばれる関係を意味するのです。主にある人々すべてが抱いている希望と信仰の源はイエス・キリストにあります。

4、霊に導かれて解釈する
使徒ペトロは聖書の預言をどのように解釈し取り扱えば良いかについて触れています。まず、自分勝手に解釈すべきではないものとして、聖霊の導きによって理解されるべきであることを話しています。聖書はすべて神の霊感を受けて書かれたものである(IIテモテ3:16)と言った使徒パウロと一致しています。聖書の預言をどのように理解し、解釈するかによって私たちの信仰も行いも大きく変わります。聖書の言葉を誤って解釈したり、自己主張をするためにだけ用いたりしないように気をつける必要があります。聖霊にいつも導かれて、霊の糧をいただきながら日々成長し続けることを主は願っておられます。

5、預言の言葉を自分の生活へ
クリスチャン誰もが聖書の御言葉が自分たちの生活の中で大切な部分を占めていることを知っています。しかし、知っているだけでは何の変化も成長も起りません。私たちはその預言の言葉に聞き従うことまでが求められているのです。教理はそのままでは何の力も命もありません。聖書の教理がクリスチャンの生活の中で取り入れられ、生かされる時に始めて有効なのです。聖書は人を教え、戒め、正しくし、義に導く訓練をするうえに有益であるからです。

★ ディスカージョンのポイント

1、聖書は一冊で、すべてイエス・キリストについて書かれているのにどうして宗派の違う多くの教会が存在して、それぞれ持っている聖書の預言に対する解釈が違うのでしょうか?

2、使徒ペトロは聖書の預言や主の約束に基づいて主のご再臨を待ち望んでいるアドベンチストとして真実を語りましたが、なぜ多くの人々は再臨のことを嘲り、否定するようなことをするのでしょうか?

★ わたしの決心
あなたは聖書に書かれている預言が真実であること、そして証の書に書かれていることが確かなものであることを信じてこれから日ごとの学びをすることによって霊的な成長を望みますか?