第12課 聴覚しょうがい者用:山路 俊晴

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」—ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

はじめに
 今週の学びは、ペテロの第2の手紙の最後の部分よりの学びとなっております。ペテロは主の日、イエスキリストの再臨の日をしっかりと意識して、今ある信仰生活を確かなものとするように勧めています。いつの時代でも、神様に逆らう人、反対する人はいますが、それよりも恐ろしいのは、神様を信じている人の中で、神様の教えを変えてしまったり、自分勝手な信仰生活を送るようになることです。ペテロという一人の漁師は、いろいろな欠点や弱さを持っていましたが、イエスキリストによってその人生が変えられました。しかも、人々を教え、導くほどに神様の恵みにより成長しました。わたしたちも、謙虚に悔い改め、ペテロからの教えと導きを受け入れて、キリストを信じる信仰により、豊かに神様に近づいていきましょう。
 
日曜日(11日)「権威の系統」
 ペテロは3章1、2節で自分がなぜ手紙を書いているのかを語っています。それは、預言者の言葉とキリストの掟を思い出して、純真な心に立ち返るためであると書かれています。私たちの心の中にある信仰が、間違った考え方や教えに影響されてしまうことなく、神様のみ言葉にもとづき、導かれたものとなることを願って、ペテロは注意を与えているのです。どちらを選ぶか、どのように考え判断するか、どのように行動するかなど、生活していると困ることがあります。その時の選ぶ基準、または考え方の基本は、神様がどのようにお考えになられるかです。イエス様だったらこの状況ではどのように語るかな、どのように行動するかなと考えて、判断することが、クリスチャンには求められています。神様のみ言葉が神様のみ心をはっきり教えてくださいます。神様の言葉に従うことが大切です。

月曜日(12日)「あざける者たち」
 今から約180年前にキリストの再臨が近づいたと強調されるようになりました。わたしも再臨のことをはじめて教わったときには、驚きました。すぐ来るのなら、天国に行く準備をしなければと思いました。それから、半世紀がたっております。ペテロは世の終わりの時には、あざける者たちが、「再臨の約束はどうなっているのか。昔から再臨が近づいたといっているが、再臨は起こっていないし、世界はちっとも変っていないではないか」と信じている人たちをあざけるようになると教えています。神様の救いを信じている人たちの多くが、神様の救いがなかなか起こらないので、不思議に思うことがあります。2000年前のイエス様の弟子たちは、直接イエス様から、すぐ戻ってくるとの言葉を聞いたので、自分たちが死ぬ前には戻って来られると信じていました。信心深かったエノクでさえ、結局人間は死んで終わってしまうのかと悩みました。信じても、信じなくても人生は同じなのでしょうか。あざける者たちの言うことが正しいのでしょうか。
ペテロは「違う」と断言してます。主の日が必ず来る。その日には、「不信人なものたちが裁かれて滅ぼされる」ことを強調しています。わたしたちは、アドベンチストです。キリストの再臨を待ち望む者たちです。再臨を全世界の人に宣べ伝える使命を与えられているクリスチャンなのです。

火曜日(13日)「一日は千年のよう」
 犬の生涯を人間の生涯で考えると、犬の一日は、人間の一週間に相当します。同じ24時間でも、犬にとっては一週間の時間を過ごすことになります。同じように、神様の時間と人間の時間のとらえ方が違うことをペテロは、「一日は千年のようで、千年は一日のようです」と言いました。時間だけでなく、考え方においても、人間の考えと神様の考えは違っていることを教えています。私たちから見ると、再臨は遅れているように思われますが、神様の立場から見ると、遅れているのではないのです。神様は一人でも多くの人を罪の滅びから救うために、真実な信仰を持つチャンスを多くの人に与えてくださっているのです。ペテロを通して神様がはっきり言われていることを信じる信仰を神様から与えて頂きたいです。「主の日は盗人のようにやってきます。その日、天は激しい音を立てながら消え失せ、自然界の諸要素は熱に溶けつくし」ます。ノアの時代に水によって世界が変わったように、この次は火によって燃え尽き、溶け去り、神様の約束を信じ、従った者たちが住むことになる新しい天と新しい地が創造されます。ペテロは「愛する者たち、このことだけは忘れないでほしい」と訴えています。疑い、あざける者ではなく、神とその約束を信じ続けられる者でありたいです。
 
水曜日(14日)「だから何なの?」
 聖書によれば、再臨のしるしはすでに起こり、再臨が近いことは確かです。しかし、どんなに再臨が近いと人に伝えても、本日の題にあるように、「だから何なの? 今の私とどう関係があるの?」と人々は考えるるでしょう。アドベンチストとして、再臨を日ごとの生活と深くかかわることとして理解し、生きることが大切なことです。そのとき、人々に再臨の重要性が人生との関わりの中で理解していただけるようになります。ペテロは「あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません」と忠告しています。再臨は待つ出来事ではなく、日ごとにキリストと出会い、キリストと生きることを体験して出来事でなければなりません。その意味では、いつ再臨があるかいうこと以上に、キリストがこの世界に戻って来られるという事実こそが大切なのです。霊的な意味では、心の中に日々キリストを迎えて、キリストと共に過ごす、日ごとの再臨の体験こそが大切なこととなります。再臨は必ず来ます。その時は神様が定めておられます。お任せして、今の生活を信仰をもって清く送ることこそが私たちに求められています。

木曜日(15日)「最後の訴え」
 ペテロはその手紙を書き終わるにあたって、聖なる平和の生活を送るように勧めています。自己満足な生活でなく、神様に見て頂き、認めて頂けるような生き方をするように教えています。また、神様の忍耐深さや憐れみにあふれた救いについてしっかりと考え、惑わされることなく、しっかりした信仰の歩みをするように訴えています。明らかに、不道徳な生活をして、教えを曲げて考えようとする人々を意識して、この勧告をしています。いつの時代でも、ペテロの訴えは大切なことです。「わたしたちの主、救い主イエスキリストの恵みと知識において、成長しなさい。」と強く訴えがなされています。

まとめ
 今週の口語訳暗誦聖句に示されているように、「神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがた」とはまさしく私たちアドベンチストのことです。その私たちにたいして、「極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。」と命じられています。再臨を信じているだけでなく、再臨信仰が生み出す生活、生き方を大切にするように勧められています。天地の回復の前に、わたしたちの心の回復をしっかり経験していきましょう。