第13課 聴覚しょうがい者用:山路 俊晴

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」—ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

はじめに
 誰かに手紙を書くときには、伝える何かがあります。ペテロが書いた二つの手紙、最初の手紙では「迫害」に対しての「励まし」でした。二番目の手紙では、「偽教師」にだまされないことと、信仰の確信をしっかり持つことでした。今週は、この二つの手紙全体より、5つの主題について考えることになっております。ペテロがどのような考えや教えを与えてくれているか、一つ一つ見ていきましょう。
 
日曜日(18日)「苦しみ、イエス、救い」
 ペテロが考えていることの中心的なことに、イエス様の救いがあります。イエス様が罪深いペテロのために身代わりになって十字架で苦しみ、犠牲となってくださったことです。ペテロは自分の罪だけでなく、多くの人々の罪のためにイエス様が死なれたことを理解しました。イザヤ書53章のイエスが身代わりとして苦しむ預言を理解して、1ペテロ2:22~24を書いています。また、旧約時代より行われていた動物を犠牲として神にささげる儀式は、イエス様が血を流して死ぬことを示していたことを理解しました。1ペテロ1:18,19に「小羊のようなキリストの尊い血によ」って私たちが救われたことがはっきり書かれています。そして、救いは身代わりの血を流してくださったイエス様を信じる信仰によることを1ペテロ1:9で語っています。ペテロはイエス様が苦しんで救ってくださったことを、わかりやすく手紙で伝えています。

月曜日(19日)「私たちはいかに生きるべきか」
 二つの手紙の中でペテロが何度も書いていることは、クリスチャンとして生き方です。どのような行動をとることが必要であるかを示しています。一言でいうと「聖なる信心深い生活を送らなければなりません」(2ペテロ3:11)です。いつも人生の最後にどうなるかを考えて行動しなさいと言っています。「人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる」(1ペテロ1:17)からです。次に、クリスチャンは聖霊の神様に導かれて、聖なる者となるよう努めるべきであることを強調しています。三番目には、聖なる人としての行動を詳しく述べています。悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口を捨て去り、心を一つにして同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚とならなければなりません。その他、怠惰で実を結ばないものとなってはならない。など、たくさんのことが勧められています。いっぺんに読むと多すぎて、難しく思えます。ペテロ自身が色々なクリスチャンとしての生き方を聖霊の導きのもとで学び、書いているのです。ペテロもいっぺんに学んだのではありません。一つ一つ理解し、従って学んだことです。わたしたちも同じです。聖霊の神様の導きのもとで、一つ一つ大切な生き方を学び、身に着けていけるように神様が導いてくださいます。

火曜日(20日)「再臨の希望」
ペテロは人生を神様の視点で見るように教えています。今苦しいことがあっても、苦しみの中で文句を言ってもがくのではなく、神様のご計画があることを理解するようにと勧めています。すべての最後に神様の裁きと再臨の救いがあることを忘れないように、たえず神様の与えてくださっている希望に心を向けて生きることが大切であることを語っています。ペテロもこのような手紙を書けるようになれるまで、きっと多くの試練や困難を体験してきたことと思います。それらを乗り越えて、しっかりした信仰の生き方を身に着けてこれたのは、希望があったからだと教えてくれています。「現在の状況がどうであれ、信仰と服従によって前進する必要がある」と勧めています。
 
水曜日(21日)「社会と教会における秩序」
 「すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい。」(2ペテロ2:17)迫害の時代で、権威を認め、従うことが大切とペテロは教えています。上に立つものが良いとは限らないです。むしろ、悪いものが下にいる者たちを苦しめていることが多い世の中です。それでも、ペテロはパウロ同様に、権威に対して敬虔に従うことを求めています。十戒の第5条、人間関係の最初の戒めが、「父母を敬う」という上の者を敬うことです。この教えは、最も上におられる権威者、すなわち神様を敬うことにつながります。たとえ、苦しめられることがあってもパウロは、「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」(ローマ12:21)と教えています。これは、イエス様が教えられた、「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右のほお打つなら、左のほおをむ向けなさい。」(マタイ5:39)の教えに従うものです。この教えに従うために、「互いに謙遜を身につけなさい」(1ペテロ5:5)とペテロは教えています。

木曜日(22日)「聖書の重要性」
ペテロは何が本当のことかをはっきりさせるために、預言者の言葉と使徒たちの言葉を基準にしなさいとすすめています。彼らの言葉とは、人間の言葉ではなく、聖霊の神様に導かれて語った神様の言葉のことです。すなわち、聖書を信仰の基準、クリスチャンの行動の教科書とすることを教えています。しかし、どんなに聖書の神様の言葉を基準としたとしても、聖霊の神様に導かれてみ言葉を理解しないと、人間は自分勝手な解釈をして、結果的には大きな間違いを犯してしまうことがあることも注意しています。聖書は祈って神様の導きを求めて読むことが大切です。一カ所だけを取り出して、勝手な解釈をせずに、前後関係や他の箇所との調和や関係を理解したうえでみ言葉を理解することが必要です。歴史的背景、文化的背景の中で理解しなければならないこともあります。あくまでも、イエス様について書いてあることが中心ですから、イエス様の教えやご品性を学ぶように心掛ける必要もあります。そのうえで、聖書を通して神様が語りかけてくださることに従う姿勢が重要です。聞くだけで行わない人とならないようにイエス様が注意なされています。(マタイ7:24~27)

まとめ
ペテロは普通の漁師でした。気性も荒削りの人物でした。福音書の中には、何度もペテロが失敗したことが書かれています。最後には、3度も裏切りさえしてしまいました。そのペテロが、こんなにも素晴らしい手紙を書いてたことは、驚きです。悔い改めてからの彼の聖霊に導かれた生活が、彼を大きく成長させました。多くの霊的な教えを語って、人々を励まし、導く人に代えられました。今期、ペテロの手紙より一番学ばせていただいたことは、ペテロの成長でした。それは、わたしたちも神様に用いて頂けるようになるという証しそのものです。実を結ぶ信仰生活を送らさせて頂くために、毎日コツコツとイエス様との関係を深める歩みを続けてまいりましょう。御国において、ペテロに会うのが楽しみです。