第6課 聴覚しょうがい者用:山路 俊晴

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」—ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

はじめに
 神様を信じない人が多い世界で、信仰を正しく持ち続けることはかんたんではありません。神様を信じる人には戦い(たたか)があります。信じない他(ほか)の人からの戦いと、信じる人の心の中で起(お)こる戦いです。どちらにしても苦しみがあります。ペテロの時代はとくに、クリスチャンは迫害(はくがい)を受けました。初めは同じ神様を信じている人から苦しみを受けました。イエス様はユダヤ人たちから苦しめられました。後からはローマ帝国よりの迫害(はくがい)がありました。その苦しみを経験したペテロは、苦しみを受けているクリスチャンたちに、苦しみから逃げるのではなく、耐(た)えることを教えています。人は苦しみを通してより純粋(じゅんすい)でしっかりした信仰をもてるようになれるからです。そればかりか、その苦しみの何倍ものごほうびをキリストがもどって来られるときにいただけるとの約束があるからです。キリストのために苦しむことは、キリストに信頼し、従って生きることになるので、天国でキリストと共にくらすことにつながるのです。
 
日曜日(30日)「初期(しょき)のクリスチャンへの迫害(はくがい)」
 今日のガイドのはじめのところに、次のように書かれています。「最初の数世紀の間、クリスチャンであるというだけで、恐ろしい死を招(まね)く可能性(かのうせい)がありました。」 クリスチャンははユダヤ教とローマ帝国およびローマ教皇(きょうこう)より迫害(はくがい)を受けました。その背後(はいご)ではサタンが働いていました。サタンはキリストをその誕生の時に殺そうとして失敗をしました。また、その生涯でも誘惑(ゆうわく)をして罪を犯(おか)せることに失敗(しっぱい)をし、最後には十字架の苦しみによってもキリストに罪を犯させることができませんでした。そればかりか、サタン自身がキリストの十字架により、決定的な滅(ほろ)びの宣告(せんこく)を受けてしまいました。それでも、なおサタンはキリストを信じる初期のクリスチャンたちを迫害し続けました。いまでも、サタンはわたしたちがキリストを信じることが困難(こんなん)となり、苦しむように働いております。

月曜日(1日)「苦しみとキリストの模範(もはん)」
ペテロは悪いことをした結果苦しみをうけてもしょうがない。悪いことをするば当然の報(むく)いとして苦しみがあると言っています。そうではなく、正しい生き方により苦しみを受けるとき、クリスチャンとして喜びなさいと言っています。わたしが高校生の時、神様を信じ、安息日を守りはじめたら、友達(ともだち)からいじめられ、学校の先生よりも厳(きび)しく指導(しどう)されて苦しかったことがありました。今思い出してみると、あの頃(ころ)の安息日ほど恵まれて過ごしていたことはなかったです。イエス・キリストも何の悪いことをしないばかりか、人々のために神の国を伝え、その人たちの必要を満たし、たくさんの病気を治(なお)し、苦しみより人々を救い出しておられました。にもかかわらず、誰(だれ)よりもひどい苦しみを十字架で受けられました。イエスキリストを信じて、その足跡(あしあと)に従っていくものは、自分の十字架を負(お)うという苦しみを受けることになります。しかし、それらのすべての苦しみは、キリストの苦しみが私たちの救いとなったように、神様によってよき結果へと導(みちび)かれていくのです。結果はすぐにあらわれなくても、信じて忍耐(にんたい)を持って歩んでいるなら必(かなら)ず与えられます。

火曜日(2日)「火のような試練(しれん)」
ペテロはクリスチャンは「火のような試練(しれん)」を受けると告(つ)げています。パウロは同じように、イエス様を信じて信仰(しんこう)深(ふか)く生きるクリスチャンはみな迫害を受けるといいました。イエス様もクリスチャンは苦しみを受け、殺される。人々から憎(にく)まれると警告(けいこく)をしました。恐(おそ)ろしい話ですが、それでもペテロは言いました。「キリストの苦しみにあずかればあずかるほどに喜びなさい」と。なぜなら、すべての苦しみを受けられたキリストが、勝利を収(おさ)められ、クリスチャンに勝利と栄光をを与えに戻(もど)ってきてくださるとき、大いなる喜びをうけるようになるからです。その喜びを先取(さきど)りして喜びなさいと告(つ)げています。
 
水曜日(3日)「裁(さば)きと神の民」
 神様に従い、信仰をもって生きている中での苦しみは、必ず神様が正しく裁(さば)きをしてくださる希望を持つようにペテロはすすめています。神の民である者たちは、この世では苦しみを受け続けてきました。しかし神様の正しい裁きが行われるときが必ず来ます。私たちはその希望を持ち続けるために、絶(た)えず祈り続けていく必要があります。

木曜日(4日)「試練(しれん)の中における信仰」
ペテロの時代には多くの苦しみがクリスチャンたちに与えられました。再臨が近い私たちの時代にも同じように、サタンからの攻撃(こうげき)が強まり、これから多くの苦しみ、しかも、理由もわからないような苦しみが襲(おそ)ってくることが預言(よげん)されています。ヨブがなぜ苦しみを受けているのか、わからなかったのと同じように、理由を見つけることができないような苦しみがおそってきます。先日クリスチャンの友人のお子さんが家の近くで交通事故(じこ)で亡くなられました。子供を失(うしな)う苦しみは、その人でなければ決してわからないものです。なぜ、その事故が起(お)こらなければならなかったのか。なぜ事故の中で命が守られなかったのか。ペテロはその苦しみの中にいる人に、苦しんでいるあなたの魂(たましい)を神様にゆだねなさい、そして創造主である神様に信頼して、信仰の歩みを続(つづ)けなさいとすすめている。このような信仰の生き方は、誰(だれ)でもすぐにできるようにはなれません。日頃(ひごろ)から、小さなことにおいても神様を信頼して、すべてをゆだねる信仰の歩みを体験していく必要があります。いまこそ、そのような準備をするときです。十字架という大きな苦しみの後に、復活というすばらしい命の世界が始まったように、私たちも試練の中より、より深く、確かなイエス様との信仰の世界が始まっていきます。

まとめ
わたしたちのセブンスデー・アドベンチスト教団は使命が与えられています。黙示録(もくしろく)にある三天使のメッセージを全世界に伝(つた)えることです。このメッセージは明らかに、この世界を創造なされた真の神様を拝(おが)み、信頼することが求められています。しかし、それを邪魔(じゃま)するサタンの働きは必ず滅(ほろ)び、それに従うものも滅ばされることが明記(めいき)されています。これからの世界でクリスチャンとして信仰を持ち続けることは大いなる戦いと苦しみが必ずおそってきます。私たちは苦しみの中で、神様への信頼(しんらい)と献身(けんしん)をしっかりあらわし、より天国にふさわしいキリストの品性(ひんせい)を身(み)に着(つ)けていかなければなりません。苦しみは、そのために与えられるのです。キリストが苦しまれた十字架こそ、私たちが大切にすべきものです。決して苦しみをさけての天国への道はありません。神様がゆるされ、与えられる苦しみは、前向(まえむ)きにとらえて、ペテロの教えのように喜んでいきましょう。喜んでいけるような信仰を毎日のキリストへの献身(けんしん)した生活で、身に着けていきましょう。神様の豊かな霊的(れいてき)導(みちび)きと、希望(きぼう)に向(む)かっての喜(よろこ)びと賛美(さんび)の歩(あゆ)みが与えられることを祈ります。