第8課 城間 健造

2017年 第2期  「わたしの羊を飼いなさい」 ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

第8課 ペトロの書簡の中のイエス
 
 ペテロは迫害や偽教師の問題に悩まされる教会に対して手紙を書き送りました。しかし、ペテロは単に人間的な我慢や知恵によって乗り越えることを求めているのではありませんでした。ペテロは手紙の中において間違いなく、読者の目をイエス・キリストに向けさせることで、読み手を励まし助けようとしています。旧約新約を通してイエス・キリストが証しされているように、ペテロの手紙を通して証しされているイエス・キリストに私たちも目を向けます。

今週のポイント
1.苦しみ死なれたイエス・キリスト
 ペテロはイエス様の死を単なる死ではなく、罪を犯した人の代わりに罪のない命が犠牲になる「贖い」だと言います(1ペテロ1:18,19)。この犠牲の故にクリスチャンのすべての過去は解消され、人が背負っている様々な過去はクリスチャンとして生きる上での妨げになることはありません。
 また、ペテロはイエス様の苦しみを、私たちのための特別なものとしています(1ペテロ2:21−25)。イエス様の苦しみは、私たちが永遠に滅びる時に受けるはずのものでした。しかし、イエス様が私たちに代わってその苦しみを受けてくださったので、私たちはその引き換えに救いを持っています。

2.復活されたイエス・キリスト
 ペテロはイエス様の復活を、すべての希望の土台としています(1ペテロ1:3)。イエス様の復活によって死は打ち破られ、死は人間を絶望させておくのに十分な根拠を失いました。私たちも死んだままで虚しく放って置かれることはなく、復活させていただける確証がここにあります。

3.メシア・神としてのイエス
 ペテロは、イエス様こそが聖書全体が待ち望むように言っているメシア[ヘブライ語](キリスト[ギリシャ語]=油注がれた者)であると言いました。ペテロはイエス様を指すために、2つの書簡の中で15回も「キリスト(メシア)」を使っています。イエス様こそが聖書の約束を実現させる存在です。
 またペテロはイエス様が神ご自身であるといいます(1ペテロ1:3、2ペテロ1:8,14,16)。これは初期のクリスチャンが理解しようと努力していた点です。ペテロは、読者の信じているイエス・キリストが不確かな存在ではなく、信頼に値する絶対的な神なのだと伝えます。

ディスカッションのテーマ
・苦しみや試練に遭う時、何に頼っていますか?
・今直面している問題に、イエス・キリストはどのような解決を与えることが出来ますか?