第9課 吉田 浩行

2017年 第2期  「わたしの羊を飼いなさい」 ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

今週の聖句 Ⅱペテロ1:1-15の中から私が個人的に注目した言葉を拾ってみました。約束、神の性質/本性にあずかる(4節)、キリストを知る知識(8節)、努める/励む(10節)、真理(12節)。これらを考察する際に助けになったE.G.ホワイトの文章を以下に紹介します。

「清めは漸進的な働きです。その継続的な歩みがペトロの言葉のうちに示されています。… 足し算でクリスチャンの恵みを得ようとしている人たちに対して、神が掛け算で聖霊の賜物を与えて下さると約束されています。」E.G.ホワイト『清められた生活』p92

「多くの人は、私たちの救い主が送られたような生涯を見て、しりごみします。模範なるイエスに倣い、善い業の実を結び、さらに多くの実を結ぶために神の鍛錬に忍耐強く耐えることは、あまりにも大きな犠牲を要求すると、彼らは考えます。しかし、クリスチャンが自分自身をキリストの御手にある、取るに足りない器と見なし、神の約束された助けに信頼して、ひとつひとつの義務を忠実に果たす時、彼はキリストのくびきを負い、それが容易であることに気づきます。・・・もし途中で障害に出遭い、それに忠実に勝利するなら、もし反対や非難に直面し、キリストの御名において勝利を収めるなら、もし責任を負い、主の精神によって義務を果たすなら、そのとき私たちはキリストの忠誠と力について貴重な知識を得ることになります。私たちはもはや他人の経験に頼る必要がありません。自分自身のうちに証拠を持っているからです。」同p79,80

「まじめに清い心と純粋な生き方を求めている多くの人が困惑し、失望しているように思われます。彼らは絶えず自分自身に目を向け、自分に信仰がないことを嘆いています。彼らは信仰がないために、自分は神の祝福を求めることができないと感じています。このような人たちは感情と信仰を取り違えています。彼らは真の信仰の単純さを見過ごし、自らの魂に深刻な無知をもたらしています。彼らは自己に心を向けることをやめ、神の憐れみと慈愛を瞑想し、神の約束を思い起こし、単純に神がその約束を実現してくださると信じるべきです。私たちは自分の信仰にではなく、神の約束に信頼すべきです。過去に神の律法に背いたことを悔い改め、これからは神に従おうと決心する時、神はキリストのゆえに私たちを受け入れ、その罪を赦してくださると信じます。闇と失望がときどき魂に臨み、私たちを圧倒しそうになることがありますが、自分の確信を捨ててはなりません。私たちは感情にかかわりなく、しっかりとイエスに目をとめなければなりません。すべての明らかな義務を忠実に果たし、神の約束のうちに静かに憩うべきです。」同p86

今週の学びから献身の決意をお祈りにしてみました。
「神様の約束と真理を正しく理解できますように。その理解に基づき、今日、主がお望みになる通りの生き方ができますように。神様の僕、証し人としてふさわしく語り、ふさわしく行動できる私にして下さい。」