第9課 安河内アキラ

2017年 第2期 「わたしの羊を飼いなさい」 ペトロの手紙Ⅰ・Ⅱ

暗唱聖句 「だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」Ⅱペトロ1:5~7

今週の聖句  Ⅱペトロ1:1~15、エフェソ2:8、ローマ5:3~5、
       ヘブライ10:38、ローマ6:11、Ⅰコリント15:12~57

今週の研究 
 Ⅱペトロ1:1~15を学ぶ今週の研究を例に取り上げましょう。この15 節の中で、ペトロは信仰による義について教え、次に、自分をイエスにささげた人たちの人生の中に神の力がなしえることを取り上げます。そして彼は、私たちが「神の性質にあずかる者」(Ⅱペト1:4、口語訳)になり、この世の情欲と退廃を免れることができるというすばらしい真理について語ります。そのうえ、私たちはクリスチャンの徳の目録のようなものを手に入れることができるだけでなく、ペトロはそれらを特定の順序で述べています。
 ペトロはまた、キリストにあるということ、以前の罪から「清められた」(Ⅱペト1:9)ということが何を意味するのかについて書き、続いて、救いの確信という考え、主の「永遠の御国」(同1:11)における永遠の命の約束さえ持ち込んでいます。そして最後には、死者の状態という重要な話題に関する短い説教もしています。わずか15 節の中に、なんと多くの豊かで深い真理が含まれていることでしょう!

月曜日:ペトロが用いているそれぞれの徳には、重要な意味があります。
「信仰」―ここでの信仰とは、救いを人にもたらすイエスに対する信心にほかなりません(ガラ3:11、ヘブ10:38 参照)
「徳」―徳(ギリシア語で「アレーテー」)、つまりあらゆる種類の善良さは、古代思想家の間でさえ歓迎されました。確かに、信仰は不可欠です。しかし、それは変えられた生き方、徳があらわれている生き方につながる必要があります。
「知識」―ペトロはイエス・キリストとの救いの関係によってもたらされる知識について語っています。
「自制」―成熟したクリスチャンは、衝動を、とりわけ過度になる衝動を抑えることができます。
「忍耐」―忍耐とは、とりわけ試練や迫害に遭遇した際に耐えることです。
「信心」―異教世界では、「信心」と訳されているこの言葉は、異教の神への信仰から生じる道徳的な行動を意味します。新約聖書の中では、唯一なる真の神に対 する信仰から生じる道徳的な行動という概念を持っています(Ⅰテモ2:2)。
「兄弟愛」―クリスチャンは家族同然であり、信心は、教会員が互いに親切である共同体をもたらします。
「愛」―ペトロのリストは、愛において頂点に達しています。彼の言葉はパウロの言葉のようにも聞こえます。(Ⅰコリ13:13)。

火曜日:クリスチャンとして私たちが熱心に求めるべきもののリストを与えたあと、次にペトロは、その結果がどうなるかについて明言しています。
Ⅱペトロ1:8 ~ 11を読んでください。ペトロは読者に、イエスによって可能となる新しい現実に従って生きなさい、と勧めています。信仰、徳、知識、自制、忍耐、信心、兄弟愛、愛といった特徴が彼らに「備わり、ますます豊かになる」(Ⅱペト1:8)ためです。

木曜日:Ⅱペトロ1:12 ~ 15 を読み直してください。この聖句は、ペトロの言葉にさらなる厳粛さを加えます。彼は、自分の人生が間もなく終わることを知りつつ、これを書いています。彼がそのことを知っているのは、記されているとおりに、「主イエス・キリストが示された」からです。しかし、恐れ、不安、不吉さは、まったく見当たりません。それどころか、彼は、あとに残す人々の幸福を重視しています。ペトロは、彼らが「いま持っている真理」(口語訳)を固く信じることを願い、忠実でありなさいと、(自分が生きている限り)彼らを諭そうとしています。
私たちはここに、ペトロの、主と交わった体験の現実と深さを見ることができます。確かに、彼は間もなく亡くなり、しかもその死は好ましいものにはなりませんが (ヨハ21:18、『患難から栄光へ』第52 章の最後の数段落参照)、彼の無欲な関心は他者の利益なのです。ペトロは確かに、自分が教えた信仰を生き抜いた人でした。

 今週は、ペトロ第二の手紙の最初にある、有名なペトロの階段です。それぞれについては、月曜日の引用文の解説をご覧になってください。ペトロの階段の最上段は「愛」することです。パウロはコリント第一の手紙12章で、それぞれに異なる賜物が与えられているが、それをいかに用いるべきかという勧めの中で、やはり最上のものとして愛するように語りながら、コリント第一の手紙13章に入っていっています。
 今日の学びとなるⅡペトロ1:1~15の後半では、「いっそう努めなさい」「思い出させたい」という言葉をくりかえし伝えています。わたしたちはみ言葉に出会ってから、互いに愛し合うことがいかに重要かを学びました。そしてそれを理解したのですが、忘れてしまったり、実践できなかったこともしばしばありました。どんなに高い理想を語っても、あなたがそれをしなければ何の意味もありません。ペトロの階段を登るのは、あなた自身なのです。