第1課 朴 哲漢

2017年 第3期  「ガラテヤの信徒への手紙における福音」 

 
7月〜9月の間、ガラテヤ「①ガラテア」の信徒への手紙を研究します。
 
 著者パウロ(ギリシャ名)の故郷は「②タルソス(タルスス)」です。職業はテント職人で生まれつきのローマ市民権保持者でもありました。ベニヤミン族のユダヤ人でもともとファリサイ派に属し、エルサレムにて高名なラビであるガマリエル(使徒22:3)のもとで学びました。パウロはそこでキリスト教徒たちと出会います。熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側についていました(メシア観の違い)。初期のキリスト教徒が十字架につけられたイエスを先祖代々に待ちに待ったメシアだと主張することについてサウロ(回心後、パウロ)は我慢できませんでした。それで、初期のキリスト教徒を捕まえ、撲滅することこそ神様が喜ばれることだと思い、それに夢中でした。そうするうちに、ステファノが殉教される場面を目撃しました(使徒7章)。それから、「③ダマスコ」付近でキリスト教徒を捕まえに行く途中、イエス様に出会い、劇的に回心し、キリスト教徒を迫害する立場からキリストを伝えるものに変わりました(使徒9章)。
 ステファノの死後、エルサレムで始まった迫害のために、多くのユダヤ人信者は500キロ北の「④アンティオキア」へ逃れました。ローマ帝国シリア州の州都であったアンティオキアは、「⑤ローマ」、「⑥アレクサンドリア」に次ぐ重要な都市で、初代教会の世界宣教の拠点になり、多様性ある国際的教会が始まりました(バルナバは「⑦キプロス島」、ルキオは「⑧キレネ」、シメオンは「⑨アフリカ」出身)。
 多くの異邦人がキリスト教徒になっていく中で、ユダヤ人の中では割礼(始まり:創17章)とモーセの律法に従わないといけないと主張する人たちがいました(使徒15:5)。それで、使徒たちが集まり、AD49年にエルサレム会議が行われ、割礼がキリスト教徒になれる条件でないことが話し合われました。(使徒15章)。イエス様の第一弟子ペテロがユダヤ人のための使徒で、パウロは異邦人(私も含め、世界の全ての人々)のための使徒になりました。パウロは永遠の命の恩人ですね〜〜。感謝!

ディスカッションのテーマ
1.初期クリスチャンの迫害者サウロが180度変わり、キリストを宣べ伝えるパウロになったように神様を信じた後、自分のライフスタイルの中で変わったと感じることがありますか?

2. 知っている信徒の中で、パウロのように大きく変わった(良い意味で)方をご紹介しましょう。