第12課 安河内アキラ

2017年 第3期 ガラテヤの信徒への手紙における福音

第12課          聖霊によって生きる         9月16日

暗唱聖句   「わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません」
                             ガラテヤ5:16


今週の聖句   ガラテヤ5:16~25、申命記13:4、5、ローマ7:14~24、
        エレミヤ7:9、ホセア4:2、マタイ22:35~40


今週の研究   信者である私たちは、肉と霊という二つの性質を持っており、それらは戦っています。私たちの罪深い性質は、常に神からさまよい出ようと「しがち」ですが、もし私たちが神の霊に進んで従おうとするなら、肉の欲望の奴隷になることはありません。これが、今週の聖句におけるパウロのメッセージの要点です。


月曜日:パウロがローマ7 章で、クリスチャンがしたいと望むことを妨げるものとして彼らの内面の戦いについて書いたとき、彼はその戦いの及ぶ範囲を強調しています。私たちは二つの性質を持っているので、文字どおり、戦いの両方の側に同時についています。私たちの霊的な部分は、霊的なものを望み、肉を嫌悪しますが、肉欲的な部分は肉欲的なものを望み、霊的なものに敵対するのです。回心した心は、それ自身で肉に抵抗するには弱すぎるので、私たちが持っている肉を抑える唯一の望みは、私たちの罪深い自己に対抗して聖霊の側につくことを日々決心することにあります。だからパウロは、私たちが霊の導きに従って歩むことを選ぶように、と強く勧めています。


水曜日:パウロが九つの美徳の最初に愛を挙げている事実は、偶然ではありません。彼はガラテヤ5:6、13 で、クリスチャン生活における愛の中心的役割をすでに強調していますし、彼はほかの箇所でも美徳のリストに愛を含めているからです。(Ⅱコリ6:6、Ⅰテモ4:12、6:11、Ⅱテモ2:22)。ほかの美徳はどれもキリスト教以外の資料の中にも登場しますが、愛は極めてキリスト教的です。このことは、愛が単に多くの美徳の中の一つとみなされるのではなく、ほかのすべての美徳の鍵である主要なクリスチャンの美徳とみなされるべきであることを示しています。 愛は聖霊の極めて顕著な実であり(Ⅰコリ13:13、ロマ5:5)、たとえ愛を示すことが時としていかに困難であろうと、それがすべてのクリスチャンの生き方と態度を特徴づけるべきです(ヨハ13:34、35)。


金曜日:「聖霊の影響力は、魂に宿るキリストの命である。私たちはキリストを見ることも、キリストと話すこともできないが、彼の霊はあちこちにおいて私たちのそば近くにいてくださる。聖霊は、キリストを受け入れるすべての人の中で、またその人を通して働かれる。聖霊の内住を知る者たちは、霊の実―愛、喜び、 平和、寛容、柔和、善意、信仰をあらわす(「原稿41」1897 年)」(同1112 ページ、英文)


 
 今週はガラテヤ人への手紙の、もう一ヶ所、有名な聖句について学びます。きっとみなさまも暗唱聖句などで何回も「御霊の実は、愛、喜び・・・・・」と繰り返し覚えたのではないでしょうか。
 ここで御霊の働きの結果生じる実の前に、肉の働きの実も書かれています。善と悪との戦いの結果について書かれていると言って良いでしょう。このような二つの目には見えない働きがあり、わたしたちに働きかけてくるのです。わたしたちはどちらかを選ばねばなりません。
 聖霊の働きを選ぶ時に、二つの大切な要素があります。まず聖霊はいろいろな方法で語りかけてきます。その言葉を信頼して、全的に服従をしなければなりません。そしてその言葉の通りに実行をしなければなりません。自分の思いで加えたり差し引いたりしてはなりません。
 次に、聖霊の導きに従う時に、悔い改めが伴います。行動を変えること、それは自らがまちがった方向へ進んでいる場合もあります。それに気づいた時に、心からの悔い改めが無ければ聖霊の実があなたに実ることはできません。
 聖霊によって正しい光が与えられた時、「いかに従うか」、それはあなたが決めなければなりません。このような戦いを天国へ至るまで続けて行くのでしょうね。