第14課 聴覚しょうがい者用:島田 隼人

2017年 第3期  ガラテヤの信徒への手紙における福音

第14課  十字架を誇る

1.今週のテーマ
 「わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」(ガラテヤ6:14)パウロはガラテヤの信徒へ、日々十字架の前に立ち続けるようにとのメッセージを送りました。そして、このメッセージは私たちへのメッセージでもあります。十字架の前に立ち、救い主イエス・キリストを仰ぎ見ることによって、私たちは新しく創造されるのです。

2.「パウロ自身の手」(日)
 愛するガラテヤの信徒へ、パウロは自分自身でペンをとり結びの言葉(6:11〜18)を書いたと考えられています。6章11節では、「大きな字」で書いていると記されています。なぜ大きな字で書いたのでしょうか?パウロは手が不自由だった、または視力が悪かったという考えもあるようです。この字の大きさには、パウロの強い気持ちが込められているのではないでしょうか。
 学校の先生は、「大切なこと」や「決して忘れてほしくないこと」などは目立つように「大きな字」、または「違う色」を使って書く時があります。パウロも、「イエス・キリストの十字架」という一番重要な点を最後に強調して伝えたかったのです。

3.「肉について誇る」(月)、「十字架を誇る」(火)
 「肉において人からよく思われたがっている」人とは、自分を第一に愛し、俳優のように観客の称賛を得ようとしている人なのです。自らの評判が上がれば、迫害からも逃れることができます。しかし、パウロは「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます」(Ⅱテモテ3:12)ということを伝えました。
 今でこそイエス・キリストの十字架は神様の愛のシンボルとして受け入れられていますが、当時は軽蔑の目で見られていました。世が軽蔑している十字架を誇ることは決して簡単なことではなかったでしょう。しかし、パウロは徹底的(てっていてき)に十字架に焦点をあてます。なぜなら、私たちが十字架においてキリストと共に死んだ時に、新しい創造が始まるからです。

4.「新しい創造」(水)、「最後の言葉」(木)、さらなる研究(金)
 新しい創造は「内」から始まります。ガイドの99ページには、「イエス御自身が言われたように、人は外側を素晴らしく見せることができても、内側は霊的に腐っていることがあるのです(マタイ23:27)。」信仰によってキリスト・イエスの十字架の愛を受け入れた時に、神様の力(霊)によって新たに生まれ変わるのです。この生まれ変わりは、決して人間的努力によってはなしとげられないのです。
 パウロは信仰のゆえに迫害にあい、何度も投獄(とうごく)されました。彼の体はキリスト・イエスに対する愛の忠誠(ちゅうせい)のために、傷だらけだったことでしょう。しかし、パウロにとってそれは「イエスの焼き印」だったのです。
 木曜日のディスカッションテーマにもあるように、私たちは信仰のゆえにどんな「犠牲」を払ってきたでしょうか?犠牲を払うことにためらいを感じることは、誰にでもあるのではないでしょうか。そんな時、私たちは、まず十字架の前に立つ必要があります。キリストが私たちを救うためにどれほどの犠牲を払われたかを日々確認し、「十字架を誇る者」として真っ直ぐに生きるようにとパウロは伝えたいのではないでしょうか。