第2課 安河内アキラ

2017年 第3期 ガラテヤの信徒への手紙における福音

第2課        パウロの権威と福音           7月8日

暗唱聖句  「こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。」ガラテヤ1:10

今週の聖句  Ⅱペトロ3:15、16、ガラテヤ1章、フィリポ1:1、ガラテヤ5:12

今週の研究 
信仰のみに基づいて異邦人が入会できるというパウロの考えは、教会員になるには異邦人も割礼を受けなければならない、と主張する偽教師たちの反対に直面していました。
そのような見解は福音の本質そのものに対する攻撃だ、と考えたパウロは、応答せざるをえませんでした。その応答がガラテヤ書なのです。

月曜日:彼らは直接、パウロの使徒職を否定しませんでした。単に、それほど重要なものではないと主張したのです。たぶんこう主張したのでしょう。― パウロはイエスの最初の弟子たちの1人でないのだから、彼の権威は神からのものではなく、人間から(多分、宣教師としてパウロとバルナバを任命したアンティオキアの教会指導者から)のものだと。あるいは、その権威は、初めにパウロにバプテスマを授けたアナニアから与えられたものにすぎない。(使徒9:10~18)彼らの考えでは、パウロはアンティオキアかダマスコからの使者にすぎず、それ以上ではなかったのです!
 従って、パウロの教えは単に彼の意見であって、神の言葉ではないと、彼らは主張しました。パウロは、このような主張がもたらす危険性を認識していたので、直ちに神から与えられた彼の使徒職を擁護したのです。

水曜日:パウロは容赦ない言葉をもってガラテヤの信徒を非難しています。簡単に言えば、クリスチャンとしての召しを裏切った、と彼らを非難しています。実際に、6節に出てくる「離れて」という言葉は、軍を脱走することで祖国への忠誠心を捨てた兵士たちを説明するためにしばしば用いられました。霊的に言えば、パウロは、ガラテヤの人たちが神に背を向けている裏 切り者だと述べているのです。どのようにして彼らは神を見捨てていたのでしょうか。他の福音に乗り換えることによってです。パウロは、福音がいくつもあると言っているのでありません。キリストに対する信仰だけでは不十分だと教えることによって(使徒15:1~5)、あたかも別の福音があるかのように教会の中で行動している者たちがいる、と言っているのです。パウロは、このような福音の歪わいきょく曲に憤慨し、他の福音を唱える者は神に呪われるように、と願っています。(ガラ1:8)パウロはこの点を強調するために、基本的に同じことを二度述べています。(同 1:9)

木曜日:パウロは人に取り入ろうとしながらキリストの弟子であることはできないと言いました。パウロは11節と12節で、彼の福音と権威を神から直接受けたと述べたあと、13~24節で主張しました。パウロの回心前(13、14節)、回心(15、16節)、その後(16~24節)の状況に関する自伝的な説明をしています。パウロの主張は、これらの出来事にまつわるいずれの状況も、神以外のだれかから彼の福音を受けたとはまったく主張しがたいものだ、ということです。パウロは、だれかが彼の召しを疑問視することによって彼のメッセージを軽んじるのを見過ごそうとはしません。パウロは、何が彼に起こり、何を教えるために彼が召されたのかを知っており、どんな犠牲を払おうとも、それを実行しようとしているのです。

 今週の研究の引用で、ガラテヤ人へ手紙が書かれた目的が書かれています。福音が曲解されたまちがった教えに対してのパウロの熱烈な勧めなのです。だからこそ真剣で厳しい言葉が書かれているのではないでしょうか。
 なぜパウロは、ここまで厳しい言葉を連ねているのでしょう。それはイエス・キリストを救い主として受け入れた、ガラテヤの大切な一人ひとりのことを思い浮かべて書いていることでしょう。彼ら一人でも失われたくない、その熱い思いではないでしょうか。
 教会でも、だんだん足が遠のいてしまう方がいることは事実です。いろいろな事情があるでしょう。仕方がないとあきらめてしまってはいないでしょうか。せっかくクリスチャンとして歩み始めた方が、離れていこうとしているのを、そのままにしておいて良いのでしょうか。
  ある社長さんが社員に「このごろ疎遠になっている営業先はありませんか?そういうところは取引がなくなってしまう一因ですから、ぜひ訪れて」と命じたそうです。教会から少し遠のいてしまっている方にこそ、誰かが声をかけることが大切なのです。あなたの中で、そのような方がいたら、何らかのアクションを起こしてみてください。きっとそこから何かが生まれてくると信じています。