第2課 聴覚しょうがい者用:武田 将弥

2017年 第4期 「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第2課  論争

1・『今週のテーマ』『更にまさった契約(日)』  
今から2000年ほど昔のイスラエル地方にイエス様が誕生されました。
彼は人間としてお生まれになりましたが、実は、その正体は天の国からやって来られた神の一人子で、しかも、「すべての人の命を救う」という大切な目的と使命を帯びた、救い主(メシア)でした。
イエス様を救い主だと信じた初代教会の人たちは、ほとんどがユダヤ人クリスチャンでした。ユダヤ人の慣習では、多くの決まり事もあったので、彼らは次々に新しく仲間に加わってくる異邦人クリスチャンの在り方・受け入れ方を、どうするかで話し合いになりました。それは主に、「異邦人がクリスチャンになるには、まずユダヤ人になる必要があるだろうか?」というものでした。後に、「異邦人はクリスチャンになるために、まずユダヤ人になる必要はない。」という、はっきりした答えが、「エルサレム会議(使徒行伝15章)」で決まりました。しかしこう決めたはずなのに、ある教師たちは、「異邦人も神様を信じるならば、割礼や儀式を守るべきだ!」と主張して、かなり教会を悩ませ、混乱を招いたようです。
たしかに聖書を読むと、神を信じるイスラエル人は様々な儀式や決まりを守りなさいと書いてありますが、信仰で一番大事なことは、愛の本質である神様を信じることです。「たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい。(コリント13:2)」とあるように、どんなに素晴らしい決まりや儀式も、イエス様なしに行っても意味がありません。神様だけが人を祝福し、救ってくださるのです。
『旧約聖書』は、まもなく救い主がこの地上に来られるから心して準備しましょう!というもので、『新約聖書』は、待ちに待った救い主は「イエス・キリスト」でした!あなたは彼のことを受け入れますか?というものです。
この『聖書』の内容はイエス様のことを指し示しており、聖書を信じることはイエス様を信じる事になります。
ローマ書におけるパウロの大事な役目の一つは、ユダヤ教からキリスト教に移行する時に発生する様々な問題や、ユダヤ人と異邦人の間に出てくるゴタゴタした問題などを、聖書理解を深めながら、正しい姿に立ち戻らせることでした。残念ながら、ユダヤ人の多くは、これから起こる大きな変化を受け入れる準備が、まだ出来ていなかったのです。

2・『ユダヤ人の律法と規則(月)』
 旧約聖書の儀式や決まりごとを、簡単にですが大きく5つに分類してみましょう。
道徳律:十戒をベースにして道徳的な生き方を説明。
礼典律:聖所の規定や、捧げ物、祭日の説明。
民法:当局や仲間たちとの関わり、犯罪に対する罰則を説明。
健康:衛生面や食べ物、肉体的な健康に配慮するよう説明。
諸規定:他の様々な決まりごとについての説明。
 これらの律法は、すべて神様からのメッセージなので、お互いにつながりがあります。ユダヤ人たちは、頭の中で、これらの教えについて種類があることを区別していたかもしれませんが、どんな教えであっても大切にしていました。なかでも十戒は、神様から直接与えられたものなので、特別なものとして区別していたに違いありません。しかし、これらの中には、途中で続けることが出来なくなり、無くなってしまった決まりごともありました。

3・『モーセの慣習に従って(火)』『異邦人信徒(水)』
 初期教会に異邦人クリスチャンたちが増えてきた頃、ユダヤから来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない(使徒行伝15:1)」と、教える人があらわれて、異邦人のクリスチャンを動揺・困惑させました。
旧約聖書時代には、自分の罪を羊にかぶせて、代わりに死んでもらうという、大事な犠牲の儀式がありました。しかし、これに使う羊はただの動物であり、本物の代わりにはなれません。
本物の羊は、イエス・キリストただお一人です。この神の子羊であるイエス・キリストが2000年前に十字架にかかって、我々の代わりに死んでくださったことを受け入れることが、キリストの義を受け取ることになり、恵みによって救われるのです。ですから、割礼やその他の儀式が救ってくれる訳ではありません。イエス・キリストという本物の羊(犠牲)が捧げられた後なので、もはや代替品である動物の羊は必要ありません。救い主であられる神のひとり子、イエス・キリストにはそれほどの意味と価値があるのです。
 ちなみにエルサレム会議で具体的に取り上げられた点は「偶像に捧げられた肉、血、絞め殺した動物の肉、みだらな行いを避ける」というものでした。この内容に「安息日、盗むな、嘘をつくな」など、十戒の細かい規定が述べられていませんが、神様が与えてくださった安息日を含む十戒を守ることは、クリスチャンの基本的な生き方なので、わざわざ説明・列挙されていないだけです。

4・『パウロとガラテヤの信徒たち(木)』
 エルサレム会議で決定したことに従うのを拒んだ者達がいました。結局、彼らは神様が言っていることよりも、自分の考えや思いを優先しているわけですから、これは大きな間違いです。また、キリストの福音を否定することにもなったので、パウロは黙っているわけにはいきませんでした。また、ある人たちは十戒の第4条である「安息日」はユダヤ人のものであって、クリスチャンにはもう関係ないと考える人たちもいるようです。しかし、安息日が別の曜日に変わることはありませんし、パウロは聖書の中で「信仰による救い」を強調しましたが、道徳律(十戒)を守らなくて良いなどとは言っていません。実際、パウロは平日に働いて、安息日はシナゴーグ(会堂・集会所)に行っていました。神様が定めてくださった安息日には、信仰をもって礼拝していたのです。
 
5・『さらなる研究(金)』
 昔から、教会は常にサタンの攻撃にさらされてきました。悪魔のやり口はとても巧妙です。アダムとエバを騙した時もそうでしたが、分かりやすい嘘はつきません。本当の話の中に、少しだけ嘘を混ぜて騙してきたり、表面上は正しいことを言ってきたりしますので、本当に注意して気を付けていないと簡単に騙されてしまいます。
悪魔の目的は最初から同じで、人間の心と関心を神様から離すことです。その為の攻撃手段は様々で、激しさは増し続けています。パウロがいた頃の初代教会のガラテヤの信者たちも、偽教師の影響のせいで、聖書(神様)の持つ福音の真理に、人間が作ったユダヤの伝承を混ぜて伝えられ、分裂・異端・肉欲主義が広がりました。一度、変な考えが混じり込んでしまうと、なかなか取り除くことは難しくなってしまうので厄介です。
人間は本当に弱い者ですので、“試みに合わせず悪より救い出し給え”と、救い主である神様に助けを強く祈り求めましょう。