第3課 山口 豊

2017年 第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙

第3課            人間の状態

今週のポイント
 「救い」について考えるときに、何からの「救い」なのかがわからないと考えることができません。異邦人もユダヤ人も私たちも救われなければなりません。パウロは1章の後半から3章の前半でそのことを説明します。私たち人間は、なぜ救われる必要があるのかをしっかりと考えましょう。

1.「人は皆、罪を犯して」
 聖書では、人間は罪を犯しているので救われなければならないと説明します。パウロは、まずはじめに異邦人たちが罪を犯していることを説明します。多くのユダヤ人はこのパウロの意見は受け入れやすかったでしょう。彼らは「律法を文字において守る」点では自分たちは罪を犯していると考えてはいませんでした。しかし、パウロはユダヤ人もまた、罪を犯していると言います。律法を「霊で守る」ことが救いにとって必要であると訴えます。このパウロの説明は、異邦人もユダヤ人も罪を犯しており、救いが必要なことを教えてくれます。
 私たちは、当時のユダヤ人と同じように、あの人は救われる価値がないと考えたりすることがあります。神は私たち人間がそう考えがちであることをパウロを通して教えてくださいます。
 私たちは、神の前に罪を犯し、救いが必要です。そのことを気づかせてくださるのが聖霊の働きです。聖霊の働きにより、自分たちが罪を犯していることを自覚し、聖霊の働きにより、律法を守ることができます。

2.神の憐れみによって
 人は行いによって救われないのだから、救われたものに善行は必要ないという考えを持つ人がいます。パウロはここでそのように説明してはいません。2章の4節で、神の憐れみが私たちを悔い改めに導くとはっきりと説明します。聖霊の働きにより、自分には救いが必要であると考えるときに、私たちは悔い改めをする選択をすることができます。そしてその選択をしたものは、悔い改めを必要とするような事柄を放棄し、克服しようとする決意が生まれます。
 よく私の心は良くないから悔い改めができていないという言葉を聞くことがありますが、実際は、聖霊の働きによりそのことに気づくことができているのです。そのことに気づいた時は、私は罪人だから救われないと嘆くのではなく、そのことに気づけたことを感謝して、聖霊の働きに自分をゆだねて、悔い改めができるようにお祈りしましょう。
 そして、悔い改めをしたクリスチャンは慈愛と寛容と忍耐を表した生き方をしていきます。

話し合いのための質問
1.あなたは救われていますか?と質問されたときになんと答えますか。その質問に答える根拠は、自分にありますか、神にありますか。

2.金曜日のアドベンチストホームからの引用文の中の「主の再臨を待つと言っている者のある人たちでさえ、サタンと同様その事のために何の準備もしていないのである。」という言葉をどう考えますか。