第4課 青年用:東 清志

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第4課 信仰によって義とされる

今週のポイント
① 律法には人の罪を取り除く力はありません。律法の役割は、私たちに罪を指摘し、正しい生き方へと導くことです。
② 神の義は、私たちがそれを受けるに値するから受けられるのではなく、信仰によって誰もが受け取ることができます。
③ 私たちは神の一方的な恵みにより、義と認めていただけます。義認は一瞬の出来事であり、私たちがキリストに属するなら、私たちはすでに義認を経験しているのです。
④ 私たちが義と認めていただけるのは、私たちの行いによるのではなく、あくまでもキリストの功績です。キリストの十字架での犠牲により、私たちは罪を見逃していただけるのです。
⑤ 私たちの罪を取り除くのは、私たちが律法を順守する行為によるのではありません。義認は私たちが獲得するものでもありません。パウロは、この義認が信仰のみによって与えられることを強調しています。

用語解説
① 義認:罪が赦され、神との関係が回復されることを「義認」と言います。安息日午後に書かれている通り、聖書では、罪を犯したはずの人間がキリストという身代わりによって無罪放免を言い渡されることを指します。
② 道徳律:聖書の律法の中でも、十戒を中心とする、人間の生き方や道徳に関わる律法のことを「道徳律」と呼びます。律法には、儀式に関わる礼典律などが含まれます。
③ 神の義:この言葉を別の言葉に言い換えるとしたら、「神と人間との正しい(和解された)関係」と表現ことができます。

ディスカッションのためのテーマ
① あなたは、自分自身がキリストによって義と認められたという希望を持っていますか。それとも、まだ義とされていないという不安がありますか。そのように思う理由や、それぞれのこれまでの信仰体験を分かち合う時間を持ちましょう。
② 信仰によって義とされるのであれば、律法に従って生きる意義はどこにあるのでしょうか。お互いの考えや意見を分かち合いましょう。