第7課 青年用:平本 光

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第7課 罪に勝つ

今週のポイント
①今週はイエスによって救われた人々は、その生活の中の選択によって罪に勝利できるという約束について学んでいきます。

②「罪が増したところ」、つまり多くの罪や罪の結果がひどくても、神の恵みは罪とその結果に対処するのに十分であると教えています。しかし、パウロは「では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか」(ローマ6:1)と、罪の中にいた方が恵みを体験できるから、罪を犯し続ける生活のままでいいのか問いかけ、その答えてして「断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか」(ローマ6:2)と結論を出しています。神の恵みを受ける新しい命に生きる生き方として、人が罪に死に、神と共に生きるのです。バプテスマは罪に生き続けることから離れることの表明です。

③罪が支配するというのは「罪」が王として私たちを支配しよう命令をしている状態です。私たちは様々なものを生活の中で求めます。生活を良くするものや、悪い物と分かりながら誘惑に負けて求めるものもあります。罪は、この悪い物を強く求めるように働きます。罪に支配されないよう「キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生き」ていくことを選びましょう。

④神と歩む道を選ぶ人は「恵みの下で」生きていきます。そして「律法の下で」あっても律法に支配されることなく律法に従って生きることができます。クリスチャンにとって安息日を守ることを含む十戒は今の時代でも大切な掟です。律法は、罪を自覚するために必要だからです。律法は人を救うことはできませんが、神の恵みによって律法に従った生活を送ることができるのです。

⑤私たちは神様と共に生きる道を選ぶことも、それ以外の道を選ぶこともできます。選ぶ自由があるからです。神と共に生きる道は律法で縛られた道ではなく、私たちを罪と定める律法から自由にしてくれますが、この自由とは自由奔放に生きることではありません。罪から救ってもらえるからと言って、罪の中で生き続けることを、神が喜ばれるでしょうか。罪か従順かどちらを選ぶ必要があります。どっちつかずの中立でいることはできません。

⑥私たちは神様の方を選んで生きていても、ときに罪に導かれることがあります。誘惑してくる罪という私たちを悪い方へと導く力は何としても私たちを支配しようと迫ってきます。私たちは罪からの自由となれるように選択していく力が自分には無いことを自覚して、私たちが聖なる生活を送れるようにして下さる力ある主イエスに私たち自身を委ねることを選んでいくように教えています。

用語解説
①「十戒」- 神がモーセに与えた神と人を愛するための10の戒め。

ディスカッションのためのテーマ
①教会や聖書で教えられることを守ったり、守らせたりすることで安心することがありますか。
②罪の誘惑に負けないように、どのような心掛けを日々することができますか。