第11課 長田 和信

2017年第4期「信仰のみによる救いーローマの信徒への手紙」

第11課           選ばれた者         

 
今週のガイドの学びはローマ11章に焦点を当てつつ、10章と11章を扱います。学びのポイントは、「神が人類を愛しておられ、すべての人間に救われてほしいと強く願っておられる」という点です。

日曜日:キリストと律法
ロ-マ10:1~4
4節の「キリストは律法の目標」(新共同訳)、「終り」(口語訳)は、ギリシヤ語では「テロス」で、「目的」と訳すことができます。律法は、私たちをイエスに導くものなので、キリストは律法の最終目的です。私たちは、イエス様の愛と義のご品性を反映する者となりたいと思います。

月曜日:恵みによる選び
ロ-マ11:1~10
ユダヤ民族は一つの集団として、まとめて、神から拒絶されたのではありません。ロ-マ書を書いているパウロはユダヤ人ですし、五旬節のすべての改宗者もユダヤ人でした。エリヤの時代にも、7千人の残りの者が存在していました。救いは、それを受け入れるすべての人に開かれているのです。

火曜日:自然に生えた枝
ロ-マ11:11~24
肉におけるアブラハムの子孫イスラエルは、一見、神から見放されているように見えます。しかし、彼らが悔い改めて神に立ち返るなら、再び接ぎ木されるのです。同じことは、異邦人にも当てはまります。救いは無償で与えられますが、自由に拒否することもできます。大切なことは「神の慈しみにとどまる」(ロ-マ11:22)ことで、そのようにする人だけが救われるのです。

水曜日:全イスラエルが救われる
ロ-マ11:25~27
聖書は「万人救済説」を説いていません。「救い」にあずかるのは、神の恵みに応答した者だけです。「異邦人全体が救いに達する」(ロ-マ11:25)とは、福音が全世界のあらゆるところに宣べ伝えられたときに実現します。「全イスラエルが救われる」(ロ-マ11:26)という意味も同じです。神の恵みに応答したイスラエル人だけが救われるのです。ロ-マ11章に関して、エレン・ホワイトはこう述べています。「福音の宣教が終結を迎え・・・るときに、・・・多くのユダヤ人(が)・・・信仰によってキリストを彼らのあがない主として受けいれる」(『希望への光』1501ペ-ジ、『患難から栄光へ』下巻64、65ペ-ジ。聖書研究ガイドより抜粋)。

木曜日:罪人の救い
ロ-マ11:25~36
全人類に対する神の愛が示されています。パウロは、ユダヤ人と異邦人とを対比して書いていますが、一つの点は明瞭です。「神の憐れみ、愛、恵みは罪人に注がれている」ということです。人が罪を自覚し、悔い改めて、イエス・キリストを個人的な救い主として信じるなら、救いが与えられます。「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です」(エペソ2:8)。このみ言葉をよく噛みしめたいと思います。
 ところで、聖書研究ガイド79ペ-ジの後半部分に、「(日曜日の容認と第七日安息日の拒否を含む)キリスト教の極度の異教化」という言葉がありますが、そのことがユダヤ人をイエス・キリストから遠ざけてしまったことは確かな歴史だと思います。第七日安息日を遵守するSDAはユダヤ人に対してもっともアプロ-チ可能な教会です。最終時代にあって、ロ-マ書11章の預言を成就することのできる教会はセブンスデ-・アドベンチストなのです。