第1課 聴覚しょうがい者用:島田 隼人

2018年第1期「スチュワードシップ(管理者の務め)」

第1課      物質主義の影響        島田隼人       

1.今週のテーマ
 イエスさまはご自分の働きを私たちに託しておられます。今期私たちは、クリスチャン管理者として、この世に神さまのご品性を反映するために必要な学びをします。
 この世は、「幸せ」はお金から見いだされるという考えを伝えます。サタンにとって物質主義は、私たちを神さまから引き離す最適な武器なのです。この世の物は一時的に私たちを満たしますが、イエスさまが与えてくださる永遠の満たしとは大きく異なります。物質主義が最終的に私たち与えるのは、心の空しさなのです。
「銀を愛する者は銀に飽くことなく、富を愛する者は収益に満足しない。これまた空しいことだ。」(コヘレトの言葉(伝道の書)5章9節)

2.この世の神(日)、倉を満たす(月)
 「なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、御父から出ないで、世から出るからです。世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます。」(Ⅰヨハネ2章16、17節)
 永遠の満たしを与えてくださる神さまに従うか、一時的な満たしを与えるこの世の神に従うかのどちらかなのです。ここでいう「従う」とはどういうことでしょうか? 話し合ってみましょう。
 自分の倉を満たすことだけに力を注ぐことによって、主なる神さまを忘れてしまう危険性があります。倉を満たす第一の目的を考えましょう。倉に入る全てを与えてくださる神さまに栄光を帰する生き方が重要となるのではないでしょうか。

3.物質主義の誘惑(火)、自己愛(水)
 物質主義の誘惑に陥(おちい)らないためには、マタイ6章22節にある「澄んだ目」が必要です。イエスさまの時代、目は体の「窓」と考えられていました。つまり、目を通して光が入って来ると考えられていたのです。この目の窓から光が入ることによって全身が輝き、光が与える幸せと祝福に満たされるのです。この窓をくもらせるのが物質主義です。この世の物に心が奪われることによって、澄んだ目(窓)が、くもった目(窓)となってしまうのです。罪の始まりは、「自己愛」からです。自分が一番という心を持つことによって、神さまの愛を感じる窓(目)がくもってしまうのです。
「金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。」(Ⅰテモテ6:10)
私たちは、何を第一に追い求めるべきでしょうか。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。(マタイ6:33)」このイエスさまの言葉を常に心に入れたいと思います。

4.物質主義の根本的なむなしさ(木)、さらなる研究(金)
 イエスさまと結ばれた者は「神のものとなった民」(Ⅰペトロ2:9)です。イエスさまと結ばれているならば、そこには命があります。しかし、「わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(ヨハネ15:5)とイエスさまが言われたように、イエスさまから離れ、この世の物(お金、物)に結ばれては何もできないのです。つまり、そこには「命」がないのです。
「私たちは神と一体になるのですか、それとも財産と一体になるのですか。最終的に、いずれか一方です。」(1/4、木曜日より)
 心を破壊する物質主義と一体になるのではなく、新しい心を創り上げてくださるイエスさまと一体となれるように祈り求めてまいりましょう。