第2課 安河内アキラ

2018年第1期「スチュワードシップ(管理者の務め)ー心の動機」

第2課      見て、欲して、手に入れる         1月13日

暗唱聖句
「茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である」マタイ13:22
                                           
今週の聖句  Ⅱコリント8:1~7、マタイ13:3~7、22、創世記3:1~6、イザヤ56:11、マタイ26:14~16、Ⅱペトロ1:5~9

今週の研究  繁栄の福音の考えに反するどのような原則を、Ⅱコリント8:1~7の中に見ますか。この人たちは、「極度の貧しさ」(Ⅱ8:2)の中にあったにもかかわらず、まったく物惜しみをせず、彼らの余裕以上に与えました。

月曜日:マタイ13:3 ~7、22 を読んでください。ここでまず、イエスは私たちに、「世の思い煩い」(マタ13:22)について警告しておられます。経済的な思い煩いを含め、私たちがみな思い煩いを抱えていることをご存じだからです。貧しい者は十分に持っていないことを心配し、富んでいる者はほかに欲しくなるかもしれないものについて心配します。私たちは、日々の生活の中でそのような思い煩いが決して「御言葉を覆いふさ(ぐ)」(同)ことのないようにしなければなりません。
次に、イエスは私たちに、「富の誘惑」(マタ13:22)を警告しておられます。富そのものは悪ではありませんが、富には私たちを究極的な滅びへ導きうる惑わしの力があるのです。

火曜日:言うまでもなく、貪欲は沈黙の罪になりえます。情欲と同様、それは私たちの肉体というベールの裏に隠れています。しかし、貪欲が最終的に実を結ぶとき、それは破壊的になる可能性があります。それは関係を損ない、あなたの愛する人たちに傷を残し、その後、罪責感で私たちをたたくのです。

水曜日:貪欲が歴史を通じて与えてきた損害を知っておられるのは、主だけです。貪欲は戦争を引き起こし、自分と家族に破滅を招く犯罪を人々に行わせてきました。貪欲は、宿主に取りつき、残された美徳がますます貪欲になるまで、すべての美徳を破壊し尽くすウイルスのようになります。貪欲はあらゆるものを、例えば情熱、権力、財産などを欲しがる病気です。ここでもまた、「見て、欲して、手に入れる」です。

木曜日:これらの聖句には、私たちがいかに生きるべきかについての神聖な命令がたくさん含まれています。しかし、一つの共通点に注目してください。それは自制です。この特性は、貪欲、強欲、所有欲に関して言えば、特に難しいかもしれません。しかし自制によってしか、私たちがこれまで語ってきた危険から、まず私たちの思考を、次に行動を、守ることはできないのです。 
私たちは、自分自身を主の力にゆだねている程度にしか、そのような制御をすることができません。自分の力でこういう罪の特性に打ち勝つことは、とりわけそれが長年培われ、育てられたものである場合には、だれにもできません。もし私たちがこういう強い惑わしに勝利しなければならないのなら、私たちは聖霊に、生活の中で超自然的な働きをしていただく必要がどうしてもあります。「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道 をも備えていてくださいます」(Ⅰコリ10:13)。

 「繁栄の福音」などという神学?を、はじめて聞きました。従えば祝福される、だから従うという考え方は、ご利益宗教そのものではないでしょうか。キリスト教でも、このような福音の説き方がされていたのでしょうか。そう言えば、ある教会にいた時に「什一献金をすれば祝福されるから」と、そこばかりを強調していた人がいたことを思い出しました。もし祝福されていない人がいたら、それは神さまから愛されていないのでしょうか。祝福は結果であって、目的ではありません。御心に従って生きる時に、神さまが必要なものを与えてくださるのです。
  そして今週は欲望について教えていますね。欲望は無ければ困ってしまいます。高齢者施設で働いていると、食べなければならないけれど食欲が出ないという利用者がいらっしゃいます。欲望は生きるために必要なものです。けれども必要以上に求めると、それはわたしたちに罪をもたらすものとなります。
 サタンのやり方は、昔から変わっていません。それを見せて唆(そそのか)し、わたしたちに必要以上のものを欲するように仕向けます。わたしたちがそれを選んだ後、火曜日の引用文の最後にもありますが、間違った選びに責めて最後まで苦しめるのです。
 木曜日は、貪欲から自らを守るためには「自制」しかありませんと教えています。それができれば簡単なことですが・・・それだけ欲望は刺激的です。聖書の中には、この問題で失敗した例がたくさん書かれています。
  「若い人はどうしておのが道を/清く保つことができるでしょうか。み言葉にしたがって、それを守るよりほかにありません。」(詩篇119:9)わかってはいるけれど・・・という弱さを自覚すること、そのことを忘れないためにも神さまとの関係を正しくは保つことしかないではないでしょうか。