第5課 聴覚しょうがい者用:山路 俊晴

2018年第1期「スチュワードシップ(管理者の務め)ー心の動機」

第5課          エデン以後の管理者

はじめに
 すべてのものは神様のものです。神様が創られたからです。わたしたちも神様に創られましたが、特別な存在として作られました。神様と愛をはぐくむことが求められていました。また、神様の創られた創造物のお世話(管理)する役割が与えられていました。神を求め、愛するのと同じように、自然のものを管理する役割と性質が人間に与えられていました。問題は、罪を犯した後にこの管理の任務が変わったことです。人間も自然も罪によって変わったからです。神様は、人間に自然界の管理のみでなく、霊的真理を管理する役割も追加されました。人間が神様の正しい管理者として、その役割を果たせるようになるためでした。管理の仕事は、ただの労働力提供と違い、私たちの祝福となるために与えられました。
 
日曜日(28日)「旧約聖書の中に管理者」
 旧約で書かれている管理者は、「家づかさ」「執事」「家令」と呼ばれていました。その地位は主人からすべてを信任されているため、高いものでした。同時に責任も大きかったのです。主人が望むこと、また喜ぶことを考えて財産を初め、身の回りの管理をしなければなりませんでした。同じように、わたしたちも主人であられる神様に対して、任されているお金や持ち物、目に見えない時間や健康、信仰などを神様が喜ばれるように正しく管理して用いていく役割が与えられています。神様のものであることを忘れて、自分のものとして、自分のために用いることはあってはならないのです。

月曜日(29日)「新約聖書の中に管理者」
 新約聖書では、霊的な真理をも管理するように求められるようになりました。ただ忠実に仕事をするだけではなく、管理者としての正しい生き方が求められるようになりました。それゆえに、聖霊の神様に心を導いていただく必要があります。不正な管理人と忠実な管理人の話が福音書の中でイエス様によって語られていますが、それはキリストの再臨と関連して語られています。あるべきクリスチャンの姿が示されています。パウロは管理者の基本について明確に語っています。「管理者に要求されるのは忠実である」(第1コリント4:2)このことは神の管理者としてのクリスチャンに求められている大切なことです。わたしたちは聖霊の導きのもとで、神の御前に忠実な信仰の歩みをするように求められています。

火曜日(30日)「神の秘められた真理の管理者」
 神様はクリスチャンに神様の真理の管理者となることを求めておられます。どのような真理かと言うと、聖書に示されている、神様の救いの計画の真理です。その真理の中心はイエス・キリストです。「秘められた」とは理解のできないことがあると言う意味です。すなわち、神様がわたしたちに示してくださっている救いの真理には、人には充分理解できないことがあります。たとえば、神様なる方が人となられた。天使にも充分に理解できない真理です。十字架でキリストが死なれて、わたしたちが救われたことも、「永遠の科学」といわれ、ここに秘められている真理を永遠に学ぶようになります。神様が望んでおられることは、秘められた真理であっても、示されていることを正しく管理することです。すなわち、福音を人々に伝えることを望んでおられます。示された真理は隠しておくためでなく、広めるために与えられているものです。真理の管理者としてのクリスチャンは、忠実に真理を世界に伝えていく役割を果たす必要があります。

水曜日(31日)「霊的真理の管理者」
 神様からゆだねられている最大の財産をわたしたちは管理しなければなりません。その財産とは「購い」すなわち、神様がキリストによって救ってくださったと言う真理です。これこそ、目には見えませんが、最も大切に管理をしなければならないものです。どのように管理するのか。第1ペテロ4:10に「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。」と書かれています。神様から与えられている自分の能力(できること)を用いて他の人にこの最大の財産を分け与えること、また救いの真理を受け止められるように助けてあげることによって、よき管理者となれるのです。

木曜日(1日)「管理者としての私たちの責任」
 神様が私たちの望んでおられることは、管理者としての自覚を持って、喜んで(しょうがなくてではなく)積極的に、神様からの聖なる預かりものを管理することです。よき管理者とは、主人のことを考え、主人のために精一杯仕えようとします。それは、主人とのよき関係が築かれていきます。わたしたちが、神様のよき管理者として生きることを選択して、そのような生き方をしようとするとき、私たちの信仰や神様との関係がより向上し、豊かな神様の恵みと祝福にあずかるものへと変えられていくのです。神様の管理者であることは、より神様との近い関係を築ける喜ばしいことなのです。

まとめ
管理するとは、何かを保管していくと言う以上の意味があります。特に、神様の管理者としてのクリスチャンは、神様からゆだねられた、有形、無形の大切なものを保持するだけでなく、有用に活用していく責任も与えられています。その役割の中で特に大切なことは、神様の救いの真理と言う財産を運用していくことです。一人でも多くの人に、キリストによって救われ、天国が与えられるこのすばらしい真理の財産を知ってもらえるように努力することが求められています。管理者としての自覚をしっかり持って、その責任を果たしたとき、主人より「よくやった忠実な僕よ(管理者よ)。おまえは少しのことに忠実であったから多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」とのことばをキリストよりいただける日を迎えるのです。そして、天国においてより多くの役割をあたえていただき、祝福と喜びに満たされていくのです。