第6課 聴覚しょうがい者用:島田 隼人

2018年第1期「スチュワードシップ(管理者の務め)ー心の動機」

第6課          管理者の印

1.今週のテーマ
 キリストに従う人には「印」がついています。キリストを愛することによって与えられる「愛の品性」です。この愛の品性の特徴(とくちょう)には、キリストと早く会いたいと願う心(再臨を待つ心)、そして、キリストの教えを「忠実」に守りたいと願う心があります。神さまの秘められた計画をゆだねられた管理者として、この「印」はとても重要であり、あらゆるところで影響(えいきょう)をおよぼします。

2.忠実さ(日)、忠誠心(月)
「この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです」
(Ⅰコリ4:2)
 私たちは弱い存在です。正しいと知っていながら、正しい選択ができない時があります。善と悪の霊的戦いは私たちに「選択」を求めます。キリストの道を歩むか・・・キリスト以外の道を歩むか・・・。
 なぜ、「忠実」に歩むことができない時があるのでしょうか。ヘブライ語において、「忠実」は「信頼する」ことを意味します(40ページ、3段落)。つまり、私たちがキリスト以外の道を歩む選択をしている時に、私たちはキリストを「信頼していない」管理者となっているのです。
 自分は信頼されていない・・・とても悲しい気持ちになります。同じように、管理者である私たちが「忠実」でなければ、神さまも悲しまれるのです。
 旧約聖書に出てくるヨブの「忠誠心」をもう一度考えましょう。どのような試練がこようとも、神さまに対する揺(ゆ)るぎない忠誠心はどこから来るのでしょうか。

3.やましさのない良心(火)、服従(水)
 やましさのない良心は、イエス・キリストと結ばれた時に与えられます。「自分の力」で頑張って良心を保つことはできないのです。キリストを心に迎え入れ、人生の「主」として認めた時に、心の中で生き始めるのは「キリストの良心」なのです。
 自分の心を見れば見るほど、私たちは罪悪感(ざいあくかん)に襲(おそ)われ平安を失います。しかし、十字架のキリストを見上げる時、キリストの愛の心を知る時に、私たちは自由になり平安を感じるのです。やましさのない良心とは、やましさのない良心を持っておられるキリストを見上げ、その心を知ることによって与えられる恵なのかもしれません。
 キリストから与えられる自由と平安を得た時に、私たちはキリストに従う者、「服従」する者へと変えられるのです。
 「私たちは救われるために従うのではありません。私たちが服従するのは、私たちがすでに救われているからです。」(43ページ、最後の段落)

4.信頼できる(木)、さらなる研究(金)
 大切な仕事は「信頼できる人」に任せたいと思いませんか?
信頼できる人は「役割の重要性」を理解している人です。神さまの福音の計画の重要性を理解していること(もしくは、理解しようと学び続けている者)が管理者の特徴でもあるのです。神さまに委ねられた働きを「責任感」を持って管理する者を神さまは求めておられます。
パウロの言葉から、福音の管理者としての覚悟を感じることができます。
「私は、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります。」(ローマの信徒への手紙1:14)
 この責任感と覚悟は、十字架で示された「愛」を知った時に与えられるのです。十字架で示された愛を学び続ける「管理者」として用いられますように祈りたいと思います。