第11課 安河内アキラ

2018年第2期「終末時代への備えーイエスに会う準備をする」

第11課            神の刻印か、獣の刻印か            6月16日

暗唱聖句
「彼らは、神の僕しもべモーセの歌と小羊の歌とをうたった。『全能者である神、主よ、あなたの業は偉大で、驚くべきもの。諸国の民の王よ、あなたの道は正しく、また、真実なもの』」黙示録15:3
                                           
今週の聖句   創世記17:9 ~ 11、出エジプト記31:13、17、黙示録13:17、エフェソ1:13、14、ヘブライ4:9、10
                                           
今週の研究
 神の残りの民は、第三天使の使命を力強く宣べ伝えるために、この問題をはっきり理解する必要があります。私たちは今週、獣の刻印とは何であり、(神の刻印を受けることによって)いかにそれを避けるかということに関して、理解を深めたいと思います。

月曜日:重要なことに、第一天使の使命は、獣の勢力が変えようとしたこの掟を私たちに指し示し、私たちが主だけを創造主として礼拝すべきであることを明らかにしています。実際、黙示録12章から14章において礼拝に言及している七つの聖句の中で、これ(黙14:7)だけが真の礼拝に関するもので、ほかの六つは、獣とその像を拝む偽りの礼拝を警告するものです(同13:4、8、12、15、14:9、11)。第三天使が、この偽りの礼拝に携わる者たちの運命について述べた直後に、神の真の礼拝者たちは、「ここに、神の掟を守り、イエスに対する信仰を守り続ける聖なる者たちの忍耐が必要である」(同14:12)と説明されています。
 言い換えれば、これら三つのメッセージを宣べ伝えることで、すべての人間が二つのグループに分けられます。(第七日安息日の掟を含む)神の掟をすべて守ることによって創造主を拝む人たちと、獣とその像を拝む人たちです。やがてこの偽りの礼拝形式は、安息日の掟を守ることで創造主を拝むことに代わるものを提供します。

火曜日:神の刻印は神の真の礼拝者に押され、獣の刻印は獣の礼拝者に押されます。神の刻印は額にだけ押され、そのことは、神がお命じになったとおりに神を礼拝しようとする明確な知的選択を示しています。一方、獣の刻印は額か手に押されます。これは、人々が二つの理由のいずれかのために獣を礼拝するということです。彼らは頭の中で、自分が本当に神を礼拝していると思って獣に同意するか、あるいは、獣に同意はしないものの、従わない場合の深刻な結果を恐れるがゆえに賛成します。その深刻な結果とは、物を買うことも売ることもできず、最終的に殺されることです(黙13:17:15)。
 「この世と結びついている者たちは、この世的な性質になり、獣の刻印を 押される準備をしつつある。自己を信じることなく、神の前に自分を低くし、真理に従うことで魂を清めつつある者たちは、天の性質になり、神の刻印を額に押される準備をしているのである」(『教会への証』第5巻216ページ、英文)。

水曜日:これは、日曜日に神を礼拝するクリスチャンたちが、今、獣の刻印を受けているという意味なのでしょうか。いいえ、そうではありません。黙示録13:15によれば、獣を拝む偽りの礼拝に参加することを拒んだ者たちは殺されます。それは、最終的に生きるか死ぬかの問題になるのです。しかし明らかに、諸事件はその段階にまだ至っていません。獣の刻印は、このような最終試験がなされるまでは押されないでしょう。ですから、だれ1人として、まだ獣の刻印を受けていません。
                                           

木曜日:新約聖書は、神がイエスによって万物を創造されたと認めています(ヨハ1:1~3、コロ1:16、ヘブ1:1、2)。私たちの世界を6日間で創造し、7日目に休まれたのはイエスです。それゆえ、イエスが金曜日の午後に十字架にかけられたとき、「成し遂げられた」(ヨハ19:30)と叫ばれたことは極めて重要です。イエスは、天地創造の業を終えられたあと、安息日に休まれたように、私たちの贖いのために私たちに代わって死ぬことで犠牲の働きを成し遂げられたあと、安息日を墓の中で休まれました。ですから、安息日は二重に祝福されています。最初は天地創造において、次には十字架において。それゆえヘブライ人への手紙によれば、クリスチャンは安息日に休むことで 、「神が 御業を終えて休まれたように、自分の業を終えて休んだ」(ヘブ4:10)ことを示すのです。安息日は、私たちが自分自身を救えないということ、最初から最後まで、救いは信仰によって可能となるキリストの働きであるという事実の完璧な象徴なのです(ヘブ12:2と比較)。

                                         
 今週は、神の刻印、獣の刻印について学びます。今週の引用文は4ヶ所といつもより多いのですが、あえて大切なので多くしました。まずはっきりとしておかねばならないのは、神の刻印も獣の刻印も、まだ押されてはいません。そしてこれは自分で押すのではありません。神さまがわたしたちに押してくださるのです。どちらの刻印が押されるかは、まことの礼拝をささげているかが問われます。けれども、そのことを選ぶのは、わたしたちなのです。
 そしてもう一つ忘れてはならないことは、神の刻印を受ける人は、神さまの掟をすべて守り、創造主を礼拝する人です。けれども掟を守ったから、安息日を守っているから救われるのではありません。まことの神さまを創造主と礼拝をすることによって刻印が押されるのであって、わたしたちが行為の結果ではありません。創造主なる神さまを心から礼拝すれば、掟のすべてを守るようになるのです。この順序をまちがえることがないようにしたいものです。