第10課 安河内アキラ

2018年第2期「終末時代への備えーイエスに会う準備をする」

第10課            アメリカとバビロン            6月9日

暗唱聖句
「その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く/国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろう/お前の民、あの書に記された人々は」ダニエル12:1
                                           
今週の聖句   黙示録13:1~12、14:9~11、16:2、19:20、20:4、エレミヤ51:6、7、53、57、黙示録18:1~4
                                           
今週の研究
しかし、ローマだけではありません。もう一つの勢力が描かれています。私たちは今週、黙示録13 章とそこに描かれている諸事件や勢力にもっぱら注目します。これらの事件は何を意味し、私たちはそれにどう備えることができるのでしょうか。

月曜日:黙示録13:11、12を読んでください。この獣に先行する獣、つまりプロテスタント教会によってローマだと長らくみなされてきた獣は、「四十二か月の間」(黙13:5)力を与えられたと記されていました。「四十二か月の間」は、ダニエル7:25の「一時期、二時期、半時期」や黙示録12:14の「一年、その後二年、またその後半年の間」、黙示録12:6の「千二百六十日の間」と同じであり、法王の力が敵を押さえつける期間です。この(1日が1年に相当するという原則を用いている)預言の期間は、法王制の至上主義をもって西暦538年に始まり、法王が捕虜となった年の1798年に終わりました。この時、法王権は使命的な傷を受け、預言は成就しました。
 「四十二か月の間 」の終了(1798年)が近づいた歴史上のこの頃、もう一つの勢力が登場します(黙13:11、13:1)。今回は地中から上って来ました。それは、〔次の聖句が説明するように〕大衆の象徴である海の中から上って来たこれまでの多くの勢力とは対照的です(ダニ7:2、3、黙13:1参照)。―「あなたが見た水、あの淫婦が座っている所は、さまざまの民族、群衆、国民、言葉の違う民である」(黙17:15)。
 これやあれやの理由で、この勢力はアメリカ合衆国に違いありません。アメリカは、世界の中で比較的人口の少ない場所からあらわれ、その登場のためにいずれの大帝国も打倒する必要がなかったからです。

火曜日:聖書に記された歴史を通じてずっと、主は偶像礼拝やほかの形の偽りの礼拝に陥った人々に絶えず対応なさらねばなりませんでした(マタ4:8~10参照)。黙示録13章に描かれている終末の危機において、礼拝の問題が再び浮上します。ここにおいても神の民は、だれを礼拝し、だれに仕えるかに関して、選択をしなければならなくなるでしょう(ヨシュ24:15参照)。
 新しいバビロン帝国は人間の手による働きを称賛します。ネブカドネツァルは、「なんとバビロンは偉大ではないか。これこそ、このわたしが都として建て……(た)ものだ」(ダニ4:27〔口語訳4:30〕)と自画自賛しました。のちにベルシャツァル王は、宴会のためにソロモンの神殿から金銀の 器を取って来て、「酒を飲みながら、彼らは金や銀、青銅、鉄、木や石などで造った神々をほめたたえ」(同5:4)ました。神殿の本物の器が、人を酔わせるぶどう酒で満たされ、その器から酒を飲んだすべての人の感覚を麻痺させたことに注目してください。結果としてバビロンが倒れたとき、その町にいた多くの人が滅びました。外見が真理であるものが、致命的な「バビロンのぶどう酒」を 偽装することによって、私たちを惑わしうるのです。偽りの礼拝や偽りの考えは、サタンの王国の特徴です。

木曜日:疑いなく、世界中の出来事は、私たちがそうなると信じてきたとおりの道をたどっています。しかし、私たちが終わりに至るまでに、明らかになるべき事柄はまだあります。それゆえ、例えば「獣の刻印」について語る際に、今現在、(第四条を守っているかいないかにかかわらず)だれにもその刻印が押されていないということを強調するのは、とても重要です。このほかにも、多くのことが明らかになります。
 黙示録18:1~4を読んでください。これらの聖句は、政治的に、道徳的に、霊的に殺伐としたこの世の実態を描いています。この世における、偽りの宗教の教えの有害な影響力を示しているのです。しかしその一方で、大きな希望も与えています。なぜな ら、天から降って来たもう1人の天使が栄光で地上を輝かすからです。さらに、神の忠実な民、知るべきことをまだ学んでいなかった人たちが、バビロンから離れ去るようにと召されます。つまり、最後の最後まで、すでにバビロンを出た神の民には、まだ中に残っている人たちのためになすべき働きがあるということです。
                                           

 今週の暗唱聖句は、終末時代に神の民が苦しみにあることを預言しています。わたしたちの教会では再臨が近いことを預言の中から信じています。けれどもわずかながら成就していない預言もあります。そのようなわけで、これらが成就するまで再臨がありませんが、それはだからまだ安堵していられるというのではなく、今このような平安な時に、わたしたちも神さまとの正しい関係に入るように招かれている時であることを忘れてはなりません。そして再臨の時まで、わたしたちが生きている保証はありません。だからこそ、今を大切にしていただきたいのです。
 黙示録13章を学びますが、月曜日の引用文にありますが、ここに出てくる勢力がアメリカ合衆国を指していると考えています。濃淡はあるでしょうが現在世界のどの国も、アメリカとの関係抜きには動けなくなっています。それは自分が若かったころの冷戦時代には考えられないことです。これだけでも預言が一歩成就しました。そしてそのアメリカが、近年はローマ法王を厚遇するようになってきています。これも預言の成就なのでしょう。
 預言は、神さまが歴史をしっかりと支配されていて、着実に終わりへ向かっていることをわたしたちに教えています。そして終わりの時については、父なる神さまがお決めになることです。(マタイ24章36節)大切なのはわたしたちが、何を信頼し、だれを礼拝するのか、そのことをはっきりとさせて行くことです。