第13課 聴覚しょうがい者用:小林 勝

2018年第2期「終末時代の備えーイエスに会う準備をする」

第13課           私たちの主イエスの再臨           小林 勝 

1.今週のテーマ
 私たちは今週、「終末時代への備え」という題で学んできたガイドの最後の学びです。あらゆる終末の諸事件の中でも最後のこと、現在の世界において最後のことである主イエスの再臨についての学びになります。
 詩人T・S・エリオットは、「わが始めに、わが終わりあり」という言葉で一つの詩を書き始めました。起源の中に終わりが存在しますが、それは新たな始まりでもあります。

2.日曜日(24日)「主の日」
Q:主の日について考えるとき、どんな気持ちになるでしょうか?
 「主の日」とは、失われる者たちにとって、破滅、悲しみ、悩みの日となります。しかし、すべての神の民、(フィリ4:3、黙 3:5、13:81も参照)にとっては解放の日となります。

3.月曜日(25日)「ダニエルとイエスの再臨」
Q:神の国と地上の国の違いは何でしょうか?
 聖書の中でダニエル 2 章ほど、新しい世界が古い世界から生じるのではなく、まったく新しい、根本的に異なる創造であることを明確に示している箇所は、たぶん聖書の中にありません。神の国は天から急に天からあらわれ、地上の国とは関係ありません。「跡形もなくなりました。」(ダニエル2:35)、戦争や、環境要因によるのではありません。創造主が「一つの国を興されます。この国は永遠に滅びること」(ダニエル2:44)がありません。

4.火曜日(26日)「長期的見通し」
Q:なぜ、再臨にはわたしたちの苦しみの答えがありますか?
 私たちの宇宙の起源についての信条を述べた際に、ある講師が反論しました。130 億年前、「一つのものすごく高密度の小さな塊が無から突然あらわれ、その塊が爆発し、その爆発から私たちの宇宙は出現したのです」。「安息日午後」で私たちが自分の起源の中に終わりを見いだすとするなら、この講師の考えによると、私たちの終わりは、長い目で見ると、希望にあふれていないことになります。私たちの希望は終わりが新しい神の国の始まりであることです。だから、祈りを教えられたとき、「御国が来ますように」(マタイ6:10)と再臨後の神の国の到来を祈るように教えられました。

5.水曜日(27日)「天の雲に乗って」
Q:なぜ人間は自分を救うことができないのでしょうか?
 聖書によれば、再臨は極めて重要であるにもかかわらず、すべてのクリスチャンがそれを文字どおりの出来事、キリスト御自身が戻って来られる出来事だとみなしているわけではありません。
 哲学者たちはこの世界の混乱の答えを、人間の努力で解決しようとします。聖書は私たちの問題の解決は神からくると述べられています。だから、救い主は「天の雲に乗って」(ダニエル7:13、マタイ24:30、黙示録14:14)と描かれています。私たちは自分を創造することが出来ないように、自分を救うことができません。

6.木曜日(28日)「生きている者と死者」
Q:永遠の命を犠牲にしてでも、今持ち続けていたいと思うこの世の大切なものを、すべて書き出してください。
 再臨の大いなる希望は、イエス御自身が体験された死者の中からの復活を、あらゆる時代のイエスの弟子たちも体験することです。イエスの復活の中に、自分自身の復活の希望と確信を持ちます。死者の復活のゆえに、イエスの再臨は私たちのあらゆる希望の中心です。

7.まとめ
 再臨を考えるときどのような気持ちになりますか。
 聖書の「終わり」を意味する言葉は「切り落とさす」(申命記25:12)という動詞からきています。そして、それまでの続きでないことを意味します。イエスの再臨はこの世界の続ではないので驚きと予期せぬ激しい出来事のように見えます。また、聖書はキリストの再臨を盗人が来ることと比べられています。盗むのは「敵の仕業」です。(マタイ13:28)
 神は私たちを救うために、パロの手からイスラエルを取り戻したように、悪霊に取り付かれた人を悪魔の手から取り戻したように(マタイ12:28,29)私たちを救うために来てくださるのが再臨です。
 そして、イエスは取り戻すだけでなく、新しいものをくださいます。永遠の命だけでなく体も新しくしてくださいます。神の国は私たちの想像をはるかに超えたすばらしい所です。
 楽しみです。