第9課 聴覚しょうがい者用:武田 将弥

2018年第2期「終末時代の備えーイエスに会う準備をする」

第9課        サタンの終末時代の惑わし        武田 将弥 

1.今週のテーマ
 元・天使のリーダーであったルシファーは、天で神様に逆らったことによって悪魔サタンとなってしまいました。彼は天国を離れることになりますが、道連れにするために仲間の天使たちを惑わします。騙された天使たちはサタンと一緒に悪魔になってしまいます。そしてエデンでは美しい生き物であった蛇に変身して、人間のアダムとエバを神様から引き離すことに成功しますが、サタンははるか昔から今に至るまで、そして最後の瞬間まで、一人でも多くの道連れを増やすために努力しています。
 話は変わりますが、私が生まれ育った北海道の小学校では、必ずヒグマの恐ろしさを教わりました。もしも熊が恐ろしい存在だと知らないと、自然の中で子グマと出会った時に「ヌイグルミみたいで可愛いな~」と近づいてしまうかもしれません。しかしどんなに可愛らしく見えても、絶対クマに近づいてはいけません!例えば子供の近くには必ず親がいるので、子供を守ろうとして怒った親グマが襲ってきます。それに子グマであっても大人の人間よりも力が強いです。そして逃げる時は背中を向けると追いかけてきますし、昔からいわれている“死んだフリ”は実は通用しないなど、北海道ならではの説明や勉強がありました。このように熊の性質を知っていれば、最小限に危険を回避することが出来るのです。これと同じ様に悪魔が危険な存在だと知り、身の守り方を知っているかどうかで、被害は全然違ってくるものです。孫子のことわざ「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」ではありませんが、サタンがどのような存在であるかを知り、人間の自分はどのような状態に置かれていて、いかに対応が出来るのかを知ることが大切なポイントになります。今週は悪魔の性質や攻撃方法などを研究し、悪魔からの誘惑から身を護る方法を一緒に学んでいきましょう。

2.『最大の惑わし(日)』『二つの重大な誤り(月)』
 この世界には神様がおられ、悪魔も存在していることを、聖書を信じる者はよく知っているはずです。しかし大争闘のことを信じて受け止めているクリスチャンは、あまり多くないようです。もしかするとサタンの一番やっかいな惑わしの方法は、自分は存在しないのだと人々に思い込ませることかもしれません。なぜなら悪魔が忍者や暗殺者のように近寄ってきたとしても、信じていない人は完全に無防備な状態ですから、気が付かないうちに接近を許してしまい、自由に悪さをされてしまうからです。クリスチャンは悪魔という存在の恐ろしさを理解し、大争闘は他人事ではなく自分に関係のある問題だとしっかり受け止めるべきです。イエス様は終末時代における警告(ヒント)を残してくださいましたが、それは「偽キリスト」や「偽預言者」についてでした。彼らは自分たちの目的を達成するために、様々な策略を用いてきます。エレンGホワイトが策略について、サタンは「霊魂不滅説」と「日曜の礼拝」という方法を用いてくるだろうと言い残しています。
 聖書では偽キリストや偽預言者と、それについて行った者たちの結末は滅びであるとはっきり記されていますが、本物か偽物かの見極めは非常に難しいです。なぜならサタンは一目で悪魔だとわかる恐ろしい姿では登場しません。例えばサタンはエバの前に現れた時に、その当時の地上で一番美しいとされた生き物(蛇)の姿で登場しています。また悪魔は奇跡のような不思議なことも行えるので、おそらく病気を癒やすことも出来るでしょう。こうなると相手が本物の預言者か、偽の預言者なのかの判断が難しいです。しかし両者の目的はハッキリと分かれていて、本当の預言者は「イエス・キリスト」を常に指し示します。しかし悪魔や偽の預言者たちの目的は「神様から引き離す」ことなので、様々な方法で惑わしてくるでしょう。教会の中でも安心することは出来ません。悪魔は正体を隠して正しい者たちの群れに混じり、教会の内部から混乱をもたらそうとするのです。

3.『霊魂の不滅(火)』
 皆さんは「臨死体験」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。TV番組や雑誌、日本のむかし話などに登場するのですが、何らかの事故や病気などで生死の狭間をさまよったり、仮死状態となった人が、気が付いたら不思議な世界に辿り着き、とっくの昔に死んだはずの家族とか友人とそこで再会するとか、光り輝く不思議な存在と出会う…などの、まるで夢をみたかのような不思議な体験のことです。これらの話は昔から世界各地で割と聞かれる話なので、これを根拠に死後の世界が存在するのでは?と考える人達がいます。だから死んだら人はすぐにどこか別の世界へと旅立ち、そこで平和に暮らしたり、逆に苦しみの世界で罪を償う生活を送るのかもしれないという考え方です。
ところが聖書で教えている死後の状態は「眠り」です。たとえばイエス様が甦らせたラザロは、数日間完全に死んでいましたが、死んでいた間はどうだったのか何も話していません。もしラザロが臨死体験をしていたとすれば、時の様子や記憶を周囲に話しているはずですが何も語っていないのです。熟睡している時は自分が眠っていることに気がつかず、目が覚めた時に自分が寝ていたことを理解するように、死んでいる時は自分が死んでいることを認識できません。オカルトや心霊術などでは臨死体験などを理由にして霊魂不滅説を説きますが、聖書では死は眠りであると教えています。

4.『安息日と進化論(水)』
 皆さんのほぼ全員が学校の授業で、進化論を教わってきたと思います。進化論はこの世のすべてが偶然に出来上がったものであり、特に意味も目的もなく、完全に奇跡的な確率でこの宇宙に地球と生物が誕生したのだという考え方です。しかし聖書は「神様」の意志と目的があってこの世界は創造され、エデンの園は特別な愛情を受けた人間のために創られたと教えています。進化論によると、我々は偶然に生まれた存在なので、弱肉強食である自然界のルールに従って、好き勝手に振る舞っても構わないという理屈になります。しかし聖書の教える創造論は、世界には意味と目的もルールが存在し、特に人間は価値ある大切な存在として創られ、その証として安息日を制定されたと教えています。進化論を信じるということは、あらゆる命の価値や安息日を認めないということに繋がるのです。

5.『偽の三位一体(木)』『さらなる研究(金)』
 聖書の三位一体は「天父・イエス様・聖霊」ですが、黙示録13章にはそれを真似するように悪魔による偽の三位一体「サタン(竜)・海の獣・陸の獣」が説明されています。サタンはまるで自分が天の神にでもなったかのように振る舞い、海の獣に自分の権力を与えます。イエス様が十字架の死から復活したように海の獣は同じ様に立ち直るとありますし、陸の獣は自分にではなく海の獣へ関心が向くように働きます。それはまるで聖霊がイエス様に意識を向けるように働かれているのに似ています。このように悪魔は神様の方法を真似してきます。敵は残念ながら人類の力を遥かに凌駕するサタンですから、人間の力だけでは身を守ることは出来ません。助かる為には悪魔に勝つことの出来る神の子イエス・キリストの助けと、御言葉に寄りすがることだけが、救いの絶対条件になるのです。