第13課 安河内アキラ

2018年第3期「使徒言行録ー福音の勝利」

第13課              ローマへの旅             9月29日

暗唱聖句
「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ」 使徒言行録27:24
                                           
今週の聖句   使徒言行録27章、28章、ローマ1:18~20
                                           
今週の研究
 パウロは、ローマを訪問したい、と長らく願ってきたのですが、エルサレムでの逮捕が状況を一変させました。エルサレム教会の指導者たちの律法主義的圧力に屈したことで、イタリアへの船旅に費やした時間も含めてほぼ5年間、彼はローマによって監禁されることになったのです。この変化は、
彼の宣教計画にとって深刻な打撃を意味しました。
しかしパウロは、確かにローマにたどり着き、皇帝の前で裁かれるのを獄屋としての自宅で待つ間、鎖につながれてはいたものの(エフェ6:20、フィリ1:13)、皇帝一家の重要人物を含め(フィリ4:22)、だれが訪問して来ようと妨げられずに語ることができました(使徒28:30、31)。

月曜日:旅の初めから、百人隊長はパウロを親切に扱いましたが、航海に関する使徒の判断を早々に信じる理由がありませんでした。しかし2週間後、状況は変わりました。パウロは、今や起ころうとしていた難破に関する彼の預言的干渉によって(使徒27:21~26)、百人隊長をすでに信服させていたのです。
 パウロは乗船者たちに、食事をするように勧めました。さもなければ、泳いで岸にたどり着く力が得られなかったからです。神の摂理は、私たちが通常なすべきことから、必ずしも私たちを免れさせはしません。「この物語の最初から最後まで、人々の安全に対する神の保証と、それを確実なものとするための関係者の努力との間に、良いバランスが保たれ続けている」 (デイビッド・J・ウィリアムズ『使徒言行録』438ページ、英文)のです。

火曜日:蝮(まむし)の出来事は、人々の注意をパウロに引きつけました。最初、地元の異教徒たちは、彼が噛まれた事実を神の懲罰とみなしました。彼らは、パウロが人殺しであり、なんとか溺死(できし)は免れたものの、神々によって、たぶん正義と復讐の化身であるギリシアの女神ディケーによって、捕らえられているのだ、と考えたのです。しかし使徒が死ななかったので、彼は、数年前にリストラでそうされたように(使徒14:8~18)、神として称賛されました。ルカはこの出来事について長々と記してはいませんが、たぶん、パウロがこの機会を利用して、自分のお仕えする神についてあかししたと考えて間違いないでしょう。
 プブリウスは、マルタ島におけるローマの代官か、地元の要人でしたが、パウロとその一行が長く住める場所を見つけるまで、3日間、彼らをもてなしました。いずれにしても、この男の父親をいやしたことで、パウロはマルタ島の島民の間で医療伝道のようなことに携わる機会を得たのでした。
 ルカの記事の中には、パウロがマルタ島を去るとき、1人の改宗者も、いかなる教会員も残したとは書かれていません。そのような省略は、まったく偶然かもしれませんが、世界における私たちの宣教は、バプテスマや教会の設立を超えるという事実、それには人々と彼らの必要に対する気遣いも含まれているという事実を示しています。これは福音の実際的な側面です(使徒20:35参照、さらにテト3:14と比較)。

木曜日:パウロは、皇帝による裁判を受けるために2年間、待たねばなりませんでした。その間、パウロは獄屋としての自宅に軟禁されていましたが、彼を訪問する人たちには、何の妨げもなく福音を伝えることができました。使徒言行録の最後の場面は、福音の勝利を強調しています。ユダヤ人の力であれ、ローマ人の力であれ、福音の進展を止めることができなかったからです。
 ルカがなぜこの時点で彼の書巻を書き終えたのかは、はっきりしません。パウロに対する告訴の脆弱(ぜいじゃく)さのせいで、彼がこの監禁から解放されてさらなる伝道旅行に出かけ、再びローマへ連れ戻されて処刑されたという証拠があるからです(Ⅱテモ4:6~8)。たぶん、ルカの執筆目的の視点からすれば、遠いローマでさえ宣教がなされたことで、福音はすでに「地の果て」(使徒1:8)に至ったのでしょう。
                                           

 今期の学びが終わろうとしています。みなさまは今期、どのような新しい出会いがありましたか?今期の学びで、使徒言行録の中から聖書に忠実に、記録されているいろいろなできごとを深めていただきました。
 木曜日の引用文ですが、わたしもかねてから思っていましたが、使徒言行録がローマ到着で終わっています。その後ローマで起こったことや、もしスペインまでパウロが伝道に出向くことができたのだったら、そこが書かれていないのはなぜだろうと思っていました。また火曜日の引用文でもマルタ島でのできごとについても、詳細は書かれていません。このあたり、天国でパウロやルカに聞いてみたいものですね。きっとこのように使徒言行録がまとめられた段階で、何か経緯があるのでしょう。火曜日引用文の最後に「気遣いも含まれる」とあります。
 わたしたちの教会が与えられている使命は「宣教」であることはまちがいありません。そしてその成果などを伝える側から考えることが多いと思いますが、伝えられた、受け入れた側にとって、どのように考えるのか、この気遣いが欠けてしまっていることがあるかもしれません。今期の学びの最後に、このような配慮について、考えてみることも大切ではないだろうかと考えさせられました。